カオルは駅へ、ぼくはアパートへ戻るため、それぞれバスに乗った。もう帰宅の学生がかなり乗っていた。
アパートに入り、郵便受けの中を確認していると、ヒジカタさんに声をかけられた。 「おかえり、じゅんくん。ねえ、悪いんだけどお願いしてもいいかしら、電球が切れちゃってるの、高くてとどかないのよ。たのんでいい?」 「あ、いいですよ。」 ぼくはヒジカタさんの部屋に入り、電球を取り替えるために椅子にのぼった。 「じゅんくんもカオちゃん(カオルのこと)も背が高くていいわねえ。助かるわ、ありがとね。」 いえいえ、と言いながら古い電球を渡す。背が高い、と言われてもそんなに高いワケではない。百七十くらいでは、今どきはそれほど高いほうではない。ヒジカタさんにはときどきこんな小さな頼まれごとがあるが、いつも顔が合うとごはんのおかずをくれたり、お世話になっている。今日も肉じゃがをいただいてしまった。 カギを開け部屋に入ると、まず留守番電話を解除する。 『用件は、二件です。』 『えー、お疲れさんです、FMの荒井ですー。明日の録りなんですがぁ、一時間遅れになりますのでヨロシク。』 ぼくはローカルのFMラジオにちょっぴり出ている。ぼくの幼なじみがそこの放送局に勤めていて、なぜかぼくにコーナーを担当してくれと言ってきたのがきっかけだった。約1時間の番組を月曜から金曜までやっていて、週に一度、一週間分を録音しに行くのである。 『町矢でーす。あのさー、オレ、ケータイなくしちゃって。だからしばらくはウチのほうへ電話してくれる?・・・・そんだけ。じゃあね。』 まーちんである。ぼくとカオルはケータイは持たないのでそれほど電話魔ではないが、まーちんはしょっちゅう電話をしたり人と一緒にいたりする。 まーちんとカオルとぼくは高校時代からの付き合いだ。カオルとぼくは友人が多いほうではないけれど、まーちんはとにかく交友範囲が広い。学生時代の友人、会社関係、趣味の関係まで幅広い。彼は歌の才能もあって、会社の友人達とプロ並みのバンドをやっている。 カオルのほうは、一見天真爛漫なのに神経質なところがある。子供の頃、親の仕事の都合で転校が多かったせいもあるらしい。カオルがコンビニでバイトをしているのは、まーちんの知り合いがやめた後に人が見つかるまでのツナギだったのだが、とにかくそこの店長という人に気に入られてしまい、(就職先に恵まれなかったこともあって)高校時代から今に至っている。カオルがどんな人間かわかってしまえば、彼を気に入らない人はいないだろう。まっすぐなココロを持った、いいヤツだから。 ふと、午前中に買った本の存在を思い出した。机の書類の上に置いてある。カバーをちょっとはずして、あの時本屋で目にとまった表紙をもう一度眺めてみる。いい色だ。何の絵というわけではなく、絵の具をペインティングナイフで重ねたような。その色のひとつひとつが独特で、なつかしいような色だ。今日は原稿は書かないと決めたので(締め切りもまだ先だし)、夜までその本を読むことにした。 夜、バイト帰りのカオルが来て、本に没頭していたぼくを現実に戻してくれた。 「店長がさぁ、弁当くれたんだよねー。売れ残りのヤツだけど、食べる?」 「ラッキー、食べる食べる。そうだ、ヒジカタさんが肉じゃがくれたんだ、おまえと食べてくれって。」 「おーっ、すっげー。アイラブ肉じゃが。」 「チンしてくる。何飲む?ウーロン茶でいいよね。」 カオルがコンビニの袋から弁当をガサガサ出しているうちに、ぼくは肉じゃがをレンジに入れた。 「お、ゴーカじゃん、幕の内?」 「シャケがでっかいだろ、それが売りなの。でも売れ残ったけど。」 下を向いてくっくっ、と笑う。 「おまえ、部屋に戻ってないの?」 「そう、ここへ直行。だって上に行ってまた下りてくんのめんどうじゃん。」 「うん。まーちんから電話があったよ、ケータイなくしたんだって。」 「また?このまえもなくさなかったっけ?・・・ねえ、この本なに?」 机の上の本。 「それ、表紙の色がきれいなの。午前中に買ったんだ。」 カバーを外してみせる。 「表紙がきれいだから買ったの?」 「直接的な理由はそう・・・かな。」 「間接的には?」 「間接的には?そうだなあ、挿絵がオレの好みに合ったから。」 「じゅんって文章書く仕事してんのに、表紙と挿絵で決めるの?」 「まだあるよ、難しい漢字がいっぱい並んでなかったから。」 「小学生か?」 言われているうちに、おかしくなってしまった。
by whitesnake-7
| 2007-12-28 07:07
| 1.~5.
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