4.

   五月二十一日(木)

 「さて、おハガキを一枚紹介しますね。吉祥寺のミーコさんから。〔立花さん、いつも車の運転をしながら『立花潤の立ち話』聴いていまーす。立花さんの声って、すっごくいい声ってわけではないけれど、なんだかホッとするしゃべり方ですね。私は二ヶ月前くらいからのリスナーですが、立花さんはどうして最近の曲をかけないのですか?〕ミーコさんありがとう。えー、『すっごくいい声ってわけではない』ってトコが正直でいいですねえ。なぜ新しい曲をかけないかというと、特にこだわりはないんだけど、このコーナーでかけなくても流行の曲ってどこかで毎日かかるでしょ?あと、好きに選曲していいよってコトでこのコーナーを引き受けたから、ぼくがいいと思ってる曲をみんなにも教えてあげたいんだよね。そんなトコかな。今日ラストにかけたい曲は長いんで、話はこのへんで切り上げなくっちゃ。曲はレインボーの『RAINBOW EYES』。録音できる人は、ぜひ夜になってからもう一度聴いてもらいたいと思います。ぼくの大好きな一曲、『RAINBOW EYES』です。どうぞ。」
こんなのを一週間分録る。

 八王子駅の北口からバスに乗る。前の方の席に座る。見慣れた景色が流れていく。甲州街道の大きな工事のために道は混んでいた。停止したバスから歩道を見下ろすと、小さな赤いカバンを持った女の人が目にとまった。あれ?あれはE-CAFEの・・・ジュリアさんだ。こんなところで見かけるとは。店にいた時は髪をうしろにまとめていたけど、思ったより長いんだな。と、そこでバスが走り出した。ジュリアさんが後ろの方へと小さくなっていく。今日は店は休みなのかな。ああ、おいしいコーヒーが飲みたくなった。

『用件は、一件です。』
一件でも入ってる方がマシである。
『町矢でーす。ごめん、いないんだったらカオルの方にかけてみるわ、それじゃ。』
棚の上の時計を見る。もうすぐ六時。カオルがバイトから帰ってるかもしれない。ぼくは三階へ行ってみた。カオルの部屋のドアの前にダンボール箱がふたつ置いてある。オトドケモノですな。とすると、留守ってことか。ぼくは今のぼった階段を二階へと下りる。その時、一階から声が聞こえた。
「部屋の前に置いといてもらったから。」
「ありがとうございますー。」
ヒジカタさんとカオルだ。ちょうど帰ってきた。
「おっ、じゅん。」
「おかえり。オレもさっき帰ってきたとこ。バス一緒じゃなかったね。」
「ビデオ屋にいたの。」
「おまえテレビもビデオも持ってないじゃん。」
「まーちんがビデオ屋にいるって言うから行ってきたの。」
さっきの留守電はそれだったのか。ぼくらは三階へのぼった。
「おー、食糧入ってるかも。」
カオルとぼくは箱をひとつずつ持って部屋に入った。けっこう重かった。
「おふくろさんからだ。」
「うん、またどうでもいいモノまで入ってんだろうなぁ。コーヒー淹れるね。」
お湯を沸かし、カオルはコーヒー豆をミルで挽き始める。ぼくがカップを出す。
「まーちんさあ、オーディション受けるんだって。」
「へえー、やっと?もっと早くすればよかったのにさー。」
「そうだよね。それでさー、泊まりになっちゃうから、らんまるを預かってくれって言うんだよね。」
「ここで預かるの?」
らんまるというのは、まーちんが飼っている黒いラブラドール・レトリバーのことだ。
「犬、OKだっけ?ここ。」
「ヒジカタさんに言ったの、すっごくおとなしくてオリコウだからお願いしますって。」
「そしたら?」
「一晩くらいはいいって。でね、今度の日曜だから、朝のうちに連れてくるって。」
カオルは丁寧にコーヒーにお湯を注ぎ始めた。サーバーに褐色の液が落ち始める。
「そうだ、さっきE-CAFEのジュリアさんを見かけたよ。」
ぼくは思い出して言った。
「実はさっきまーちんと行こうとしたの。でも一応確かめた方がいいかなと思って電話してみたんだよ。そしたら、木曜は定休だった。まーちんには場所教えといたよ。」
コーヒーを淹れ終えると、ふたりでおもむろにひとくち飲んでから、カオルはさっきのダンボール箱を開け始めた。
「あーあ、どうしてウチのおふくろって隙間を埋めるために駄菓子を詰め込むんだろう。」
カオルの親には会ったことがないけれど、想像したらほほえましくなって笑ってしまった。
「ちょうどいいや、コーヒーのおつまみにクッキー食べる?お、ピスタチオがいいか。ちょっと待てよ、あやしい容器を発見!これはきっと煮物だよ・・・ほらね。」
「おまえのおふくろさんっていい人だよな。」
「そのいい人からじゅんくんへなにか来てますよ。ハイ。」
「オレに?」
白い紙袋に『潤くんへ』と書いてある。開けてみると、新しい靴下が二足とハンカチ三枚。
「オレがじゅんにお世話になってるからってコトだろ?」
彼のおふくろさんはいつもぼくとヒジカタさんにまでなにかを送ってくれる。煮物のあとに出現した五目おこわで、ふたりの夕食となった。
「・・・ねえ、じゅんのおふくろさん、何歳で亡くなったんだっけ?」
「二十九かな。」
「おやじさん元気なの?」
「うん。再婚する気もないみたいだね。」
おふくろが死んだ五年後くらいから縁談はいくつもあったが、おやじは今でも独りでいる。おふくろと暮らした横浜を離れてしばらくは福生に住んでいたが、今は栃木で小さな歯科をやっている。ぼくは栃木へ行くつもりはなかったので、福生からここへ来た。
電話が鳴った。
「じゅん、出てくれる?」
「城石の部屋ですが立花です。」
『じゅん?オレだけど。』
まーちんの声だった。
「おう、元気そうじゃん。」
『まあね。さっきカオルに会ってさあ。』
「聞いた聞いた、ついにオーディション受けるんだって?」
『そうなんだよ、悪いけどらんまるのこと頼むね。日曜に行くから。あ、あのさ、ケータイ見つかったから。』
「よかったじゃん、カオルにも言っておくよ。」
受話器を置く。
「まーちん?」
「そう。らんまるをヨロシクってさ。それと、ケータイ見つかったんだって。」
[PR]
# by whitesnake-7 | 2007-12-27 07:07 | 1.~5.