41.

   その後

 次の水曜日に医者に行ったカオルはまた違う薬を試すことになった。その薬になって数日後、カオルはひとりで自転車でスーパーに行けるようになった。日曜日にはぼくの運転する車で無事にE-CAFEにも行けた。カオルの喜びようはすごかった。その後徐々に薬をのまずにいられるようになってきた。バスや電車に乗れるようになるまでにはまだ時間がかかりそうだけれど。
 カオルは自分の絵が人の力になったことをよろこんで、以前よりも制作に励むようになった。街並みだけでなく、花の絵も描くようになった。その中の一枚は、E-CAFEに飾られた。カオルは個展を目標にするようになった。
 ぼくは中古のプリンタを買った。パソコンで原稿を書くようになり、コンビニのファックスから送り、原稿料は振込みにしてもらった。そうするようになってから、今までより原稿にかける時間が短縮された分、スーパーで朝の品出しのバイトを始めた。ただし、日曜日は必ず休みにしてもらった。まーちんの車でカオルと買い物や公園に行ったり、E-CAFEに行く。ジュリアさんの都合がつけば、ぼくらは五時以降を一緒に過ごしたりするようになった。時にはまーちんと陽子ちゃんも一緒に、五人で。

   七月三十日(木)

 「こんにちは。『立花潤の立ち話』、いつも聴いてくれてありがとうございます。やっと梅雨明けしましたね。これが放送されるのはもう八月。暑い季節がやってきましたね。みなさん、体調には気を付けて下さいね。ではハガキを一枚・・・。東大和市のたいちゃんから。〔じゅんくん、こんにちは。いつもノリノリで聴いてます。三十代の主婦です。先日私の長男一才四ヶ月が公園デビューしました。団地に住んでいて近所付き合いもあまりなく、子供も初めての子なのでとても不安だったのですが、いざ公園に行ってみると若いママたちはとても明るくて、私もすぐに仲間に入れてくれました。すごくうれしかった。子供はまだよくわかっていないでしょうが、新しい社会に一歩踏み出した感じです。年下の先輩ママにいろいろ相談に乗ってもらったり、とてもたのしく公園でのひとときを過ごしています。今度じゅんくんの番組をみんなに教えてあげたいです。〕・・・ハガキ、どうもありがとうございます。今までと違う世界に入っていくのはとても勇気が要りますね。でも良かったですね、まわりがいい人たちで。こういうしあわせそうな話が届くとうれしいですね。新しい友達をたくさん作って、充実した毎日が送れるように応援してますよ。がんばれ。・・・さて、デビューといえば、六月にぼくの親友がライブハウスデビューしたって言ったのを覚えていますでしょうか。ローズっていうバンドなんですけど、彼らがついにCDデビューすることになりました。おめでとう。CDが出来たら真っ先にこの番組で紹介したいと思いますのでおたのしみに。では曲をおかけします。ぼくの大好きなデイヴィッド・カヴァーデイルがコージー・パウエルに書いた曲。コージーのソロ・アルバム『OCTOPUSS』から、『THE RATTLER』。」

   七月三十一日(金)

 ぼくが朝のバイトから帰ってくるとカオルが外で待っていた。
「じゅん、おかえり。」
「ただいま。早いじゃん。なにかいいことあった?」
階段を上る。
「まーちんがね、デビュー・シングルのジャケットの絵を描いてくれって。」
「えー、すごいじゃん。おめでとう。それってプロじゃないの?」
「採用されるかどうかわかんないけど。でもうれしい。」
ぼくの部屋に入る。留守電を解除する。
『用件は、二件です。』
九時半前に二件入っているのは珍しい。
『じゅんくん、おはよう。ジュリアです。・・・別に用事はないんだけど・・・、ただ電話してみたかっただけ。今から仕事です。じゃあまたね。』
「最近よく電話くれるでしょ。オレの方にもさっきあったの。もう起きなさいって。」
カオルがうれしそうに言う。
『えー、お疲れさんです、FMの荒井ですー。こんな時間にもう留守なの?・・・えーと、昨日また電話があって。前にほら、君に取材したいっていう雑誌の人いたでしょ?まだあきらめられないみたいよ。身内の自慢でも宣伝でもなんでもいいから話がしたいんだって。写真は撮らなくていいからって言ってたよ。この際友達のバンドの宣伝でもしちゃったら?八王子のお薦めスポットとかさあ。もしかすると『立ち話』のスポンサーになってくれるかもしれないみたい。そしたら番組のステッカーなんか作れるよねえ。・・・電話待ってます。よろしく。』
聞き終って手を洗う。
「ねえじゅん、ローズの宣伝しちゃえば?」
「・・・そうだね。お薦めスポットもあるしね。」
「どこ?」
「もちろんジュリアさんのトコ。」
「えーっ、それはあんまり宣伝しないで欲しいな。オレらだけの秘密の場所にしておきたいじゃん。」
「それもそうだね・・・。でも充分混んでるじゃない。」
「人から人へ伝わっちゃうんだよ。おいしいコーヒーの店があるって。」
「それがすでに宣伝なんじゃないの?」
「そうだけどさー。」
「ジュリアさんに訊いてみるよ。宣伝してもいいかどうか。」
「そうだね。」
「多摩御陵とか高尾山とか七福神とか・・・。」
「じゅんって八王子市の観光課みたい。コーヒー淹れるよ。上に来て。」

   (二日後)八月二日(日)

 広い草原をカオルとジュリアさんと三人で笑いながら走っている夢をみた。目が覚めて寝返りをうつと、目の前に夢樹が。
「わっ。」
「きゃっ。」
「びっくりしたー。おはよう、夢樹。」
「こっちこそびっくりしたよ。せっかくいい夢みてたのにさ。」
「へえ、夢樹も夢をみるんだ。」
「そうだよ。大きな夢の木の上から世界を見渡している夢だった。」
「・・・日曜日か。・・・ねえ夢樹。」
「なに?」
「今日あの夢の樹の鉢をカオルとジュリアさんにプレゼントしてもいいかな。もちろんひとつはオレの手元に置いておくし、いつかまた増やすからさ。・・・カオルとジュリアさんにもいい夢をみせてあげて欲しいんだ。どう?」
「うん、わかった。」
「じゃあ今日はいいものをプレゼントするよ。」
「ぼくに?」
「そう。」
ぼくはベッドから下りて机の上から箱を手に取った。
「ジャーン。鳥の巣箱キット。」
「鳥?」
「昨日DIYの店で買ってきたんだ。今夜作ってあげるよ。夢樹の家だよ。」
「ぼくの家?」
「そう。中には綿を敷いてあげる。窓も付いてるし、止まり木もあるよ。」
「ホント?」
「作ったらあそこに取り付けようと思うんだ。」
ぼくは部屋の角の天井に近いところを指差した。
「高いところがいいんだろう?」
「うん。」
「いつかぼくが庭付きの家を建てたら、庭に大きな夢の樹を植えて巣箱を付けてあげる。」
「やったー。たのしみにしてるよ。ありがとう。」
夢樹はぼくに夢をみせてくれるだけでなく、夢を与えてくれる少年なのかもしれない。





                    完


                      長い間お読みいただきありがとうございました。
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# by whitesnake-7 | 2007-09-12 07:07 | 36.~41.