2.

 ぼくらはバスに乗って、カオルが見つけたという店へ向かった。ぼくは車の免許を持ってはいるが、車は持っていない。小さなスクーターで用は足りてしまう。そしてカオルはといえば、自称メカ音痴とあって、もっぱら自転車を愛用していた。そんなふたりだから、一緒に出掛ける時はいつもバスと電車、もしくは徒歩だった。
「やっぱ平日の昼間ってバスもすいてるよね。」
市民体育館前でバスを降りた。少し歩いていくとカオルが言った。
「あれだよ、最近見つけたんだ。来てみたかったの。次のバス停から見えるんだ。」
白い建物である。だんだんと近づくと、赤い日よけの下に落ち着いた緑色のドアが見えてきた。ほのかにコーヒーの香りが漂っている。
「E-CAFEって書いてあるよ。カフェなんだ。」
「じゅん、先に入ってよ。」
「おまえってこういうとき妙に臆病者なんだよね。」
ぼくは真鍮の取っ手をゆっくりと引いた。ドアに付いていたベルがチリン、といい音色だ。
「いらっしゃいませ。」
明るい声でそう言ったのは、三十歳くらいの女性だった。カオルとぼくを交互に見つめて、
「初めていらしてくれたお客様ね、ようこそ。お好きなところへおかけ下さい。」
「あ、はい。」
カオルがぎこちない返事をしたので、ぼくは吹き出してしまった。奥のほうへ行ってみようか、と彼を促して、窓辺の席に座った。
「カオルが好きそうな木のテーブルだね。」
「うん。」
まだ緊張しているらしい。椅子も座り心地のいい木製のものだ。店の中はテーブルが七つくらいあるだろうか、その半分くらいにお客さんがいた。カウンター席もいくつかある。
「コーヒーのいい香りだね。オレの部屋みたいに油絵の具の匂いもしないし。」
さっきの女性がグラスで水を持ってきた。ずっとニコニコしている。
「食事はできますか?」
ぼくらは、日替わりランチ(10時から14時まで)をゆっくりとたのしんだ。とても家庭的な料理と、店員の女性のてきぱきとした、それでいてあたたかいサービスにすっかりくつろいでいた。
「今度まーちんにもこの店教えてあげようよ。」
「ああ、まーちんは彼女と来るのにいいかもね。」
店にいるお客さんはみんなしあわせそうに見えた。
「お待たせしてごめんなさいね、コーヒーをお持ちしました。お名前をきいてもいいかしら、私はジュリアって呼ばれてるの。」
「ぼ、ぼくはカオルです。」
「じゅんです。」
「カオルくんとじゅんくんね。私、人の名前覚えるの得意なの。あいたお皿をお下げしますね。ごゆっくりどうぞ。」
ぼくは、しげしげとコーヒーカップを見ているカオルに言った。
「なんで城石です、って言わなかったの?」
「だって・・・・なんとなく。」
「なんか、女の人に『じゅんくん』なんて言われたの久しぶりだなー。」
「え、ヒジカタさんにいつも言われてるじゃん。」
「あ、そっか。ヒジカタさんも年上の女性だよな、失礼しちゃった。」
「じゅん、これ、すっげーうまい。はやく飲んで。」
「うん、うまいね。」
カオルは食べ物に関してはあまりうるさくないがコーヒーは大好きで、自分で知る限りの店を飲み歩いて、ここ、というトコロから豆を買っている。カオルが淹れてくれるコーヒーのおかげで、ぼくはファミリーレストランでいくらでもおかわりしていいコーヒーが飲めなくなった。
「いらっしゃいませ。」
ジュリアさんの声がして、老紳士がカウンター席に座った。
「オレもあんなふうにおじいちゃんになってもコーヒーを飲みに出掛けたいな。」
しばらく話しながらコーヒーを飲んでいると、カオルが腕時計を見た。
「あれ、もうこんな時間?オレ、バイト行かなくっちゃ。」
カオルは立川のコンビニでバイトをしている。
「今日バイトの日だっけ?」
「違うんだけどさ、今日は入ってくれって言われてんの。」
「忙しい画家だねえ。」
「絵も描くフリーターって言ってよ。」
ぼくらはコーヒーを飲み干すと、愛着のわいた椅子から立ち上がった。カウンターへ歩いていくと、さっきの老紳士と話をしていたジュリアさんがこっちを向いた。
「ありがとうございました。えーっと、カオルくんとじゅんくん。」
彼女はカオルから伝票とお札を受け取ると、おつりを出しながら言った。
「おふたりは学生さん?」
「いえ、もう二十代後半ですよ。」
「あら、学生さんだと思ったわ。私ね、弟の名前がじゅんっていうのよ、純粋の純。」
「ぼくはウルオウっていうほうのです。」
「そう。カオルくんは?」
「ぼくは、えーと、カオリの上に声と、役者の役のツクリを書くヤツです。」
「ああ、難しい字のカオルくんね。おふたりとも、よろしかったらまた来て下さいね。」
「絶対また来ます。ごちそうさまでした。おいしかったです。」
ジュリアさんはとてもうれしそうに笑って、お辞儀をした。
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# by whitesnake-7 | 2007-12-29 07:07 | 1.~5.