カテゴリ:11.~15.( 5 )

11.

   五月二十七日(水)

 頭が痛い。鳥のさえずりが聞こえる。朝か?六時過ぎだ。ああ、夕べあのまま寝てしまったんだな。電気もつけっぱなしだ。消さなくちゃ。それにしても頭が痛い。冷蔵庫からミネラルウォーターを出して飲む。かなり飲む。ふう。窓を開ける。外の空気が気持ちいい。でも頭が・・・痛い。気が付いてみれば、テーブルの上にはわずかに残ったワインの他に、ビールの缶まである。三本。ぼくはその缶を振ってみた。カラだ。三本とも。いつビールまで出してきたんだろう。覚えてない。ぼくにしてはずいぶん飲んだものだ。今日が木曜でなくてよかった。こんなではとてもラジオなんかできなかっただろう。らんまるは?そうか、もういないんだっけ。まだ酔ってるのかな。ぼくはベッドに横になった。夕べのような切ない気持ちは消えていた。頭痛薬でも飲もうか・・・。その時電話が鳴った。誰だろう、こんな時間に。
「立花です。」
『じゅん、寝てたか。』
「ああ、まーちん。起きてたよ。」
『だって声がおかしいよ。どうかしたの?』
「ううん、まーちんは?」
『昨日電話くれただろ?着信履歴があったからかけてみたら、おまえ出ないしさ、留守電にもなってなかったから。』
「ああ、そうだった。ごめん。」
『無事ならいいんだけどさ。カオルにかけてもヤツは留守だし。』
「カオルはバイトが遅いんだよ。悪かったね、別に用事じゃなかったんだけどさ、声が聞きたかったからかけただけ。」
『じゅんがそんなのって珍しいじゃん。なにかあったの?』
「ホントに大丈夫だから。ごめんごめん。」
まーちんもいいヤツなのである。心配させて、悪いことをした。受話器を置いた途端、トントトン、とノックが。
「カオル?」
ドアを開ける。
「じゅん、いたのかー。」
「おまえ、もう起きたの?」
「もう起きたの?じゃないだろ。夕べ留守だったの?」
まーちんには電話したが、カオルにかけた覚えはない。それとも酔ってヘンな電話をしたのか。
「ずっといたよ。」
「だってオレが夜帰ってきたら電気がついてたから。じゅんがそんなに遅くまで起きてるのヘンだからさー、ノックしたり呼んだけど返事はないし、電話しても出ないし・・・。オレ、じゅんが死んでたらどうしようかと思ったよ。よかった、生きてて。」
そうだったか。
「ごめん。熟睡してたみたいで。」
「電気も消さないで?あれ、なにこれ。」
テーブルの上を見られた。
「じゅん、お酒飲んだの?」
「ちょっとね。」
ぼくはワインボトルと空き缶を急いで片付けた。
「ちょっとじゃないじゃん。どうしたの?」
「悪いけど大きな声出さないで。頭が痛いんだ。」
「二日酔い?じゅんらしくないよ。なにかあったの?」
「はずかしいから訊かないでくれよ。」
「だって、死んじゃったのかと思ったんだよ。」
「ごめんごめん、たいしたことじゃないんだ。」
「たいしたことじゃないのにそんなに飲んだの?」
「・・・言っても笑わない?」
「笑わないよ。」
言わなくてはおさまりがつきそうもない。ため息をつく。
「時々みる夢があるんだよ。小さい頃から。」
カオルはぼくの顔をじっと見る。ぼくは続ける。
「その夢をみたんだ、昨日の朝。」
「昨日は普通だったじゃない。」
「ひとりになったらなんか苦しくなっちゃって。」
「もしかして・・・、お母さんの夢?」
「どうしてわかるの?」
「だってじゅんが小さいときに亡くなったんでしょ?きっと今でも思い出すと辛いんだろうなって。」
「そうか。はずかしいな。」
「全然。はずかしくなんかないよ。オレだって急に大切な人が死んじゃったらきっとなかなか立ち直れないと思うもん。いっぱい後悔したり思い出したりすると思うもん。だからさ、ひとりで苦しいときは言ってよ。オレでよかったら話し相手になるし、そう、バイトだって休むしさ。」
カオルの目を見ているうちに、目頭が熱くなってきてしまった。
「さんきゅー。オレ、まだ酔ってるかも。」
窓辺へ行く。木の葉が風に揺れている。
「じゅん、泣きたいときは泣いていいよ、オレがだっこしてあげるから。」
気を使ってわざと変な事を言ってくれたので、半分泣きながら笑ってしまった。
「ねえじゅん、コーヒー淹れてあげるよ。」
「うん。」
「じゃあ三階の特別室へどうぞ。」

 カオルの部屋の窓からの眺めは、ぼくの二階の部屋からのものより高さも角度も違うのでとても新鮮に感じる。
「カオル、あの黄色い花はなに?」
カオルはいつものようにコーヒー豆を変なスプーンで量って、手動のミルへ入れている。
「あの、茂みの中のだろ?キスゲとかいうんじゃないの?ほら、よく尾瀬とかのパンフレットに写真がさあ、一面黄色になって咲いてる、あれの仲間じゃない?」
「尾瀬か。あの花、オレの部屋からだと見えないんだよ。手前に木があるから。」
ぼくは窓から離れて、カオルがミルをゴリゴリさせているのを眺めた。まだ頭が痛い。こめかみを指で押してみる。
「じゅん、頭痛薬あるけど、飲む?」
ミルを回す手を止めてそう言った。
「さんきゅー。でもなんとかなりそう。」
「そう?」
カオルはちょっぴり顔をしかめてからまたゴリゴリと挽き始める。
「カオル、寝てないんだろ?ごめん。」
「大丈夫だよ、若いから。あとで寝るよ、今日バイトないし。なんか徹夜のあとってテンション上がっちゃってさ、なかなか寝られないの。」
「ならいいけど。」
ペーパーに折り目をつけてドリッパーにセットする。粉をそこへ大切そうに入れる仕草がかわいい。
「おまえ、かわいいお嫁さんになれるよ。」
「じゅんのお嫁さん?」
「うーん、どうかな。」
カオルは、沸いたお湯を口の細いポットに移してから、コーヒーにポタポタと落とす。
「じゅん、今日はどうするの?」
「頭痛がおさまったらスーパーにでも行くよ。」
「地味だなあ。もっとさあ、映画に行くとか海を見に行くとか、そういうのはないの?」
「自分だって出不精なくせに。」
「それは言わないでよ。」
コーヒーの粉のふくらんだ真ん中から『の』の字を書くようにお湯を注ぐカオルの顔が、ちょっぴりうれしそうに歪んでいる。濃い液体がサーバーに落ちて溜まっていく。
「図書館に行ってからスーパーかな。」
「じゅん、図書館に行くことあるの?」
「あるよ。だいたい午前中だから、おまえが寝てるときだな。」
「ふうん。」
カオルは慎重にお湯を注ぐ。
「ねえ、じゅん。オレがコーヒー淹れるのそんなにおもしろい?」
「え?」
「すごーく見つめられてる。」
「おもしろいよ。なんかこう、儀式みたい。」
「儀式ねえ。あのさ、じゅん。もしもじゅんが死んじゃったらって思ったらさ、言いたいことは言っといたほうがいいと思ったんだよね。」
「なんだよ、急に。いいよ、文句でも告白でもしていいよ。」
「オレ、じゅんと知り合えてよかったよ。友達でよかったと思ってるよ。」
突然そんなことをマジメに言われるとはずかしくなる。
「それはどうも。オレもカオルに会えてよかったよ。」
「ホントにそう思ってる?」
「思ってるよ。嘘じゃないよ。」
「時々考えるの。オレがいなくなっても誰も困らないんじゃないかって。じゅんはほら、読者がいたりラジオのファンがいるじゃん。オレはただのコンビニマンだもん。いくらでも代わりがいるし。」
カオルはできたコーヒーをふたつのカップに交互に注ぐ。
「でもさあ、読者もリスナーも、オレじゃない人に交代しちゃえばすぐそれに慣れちゃうんだと思うよ。さびしいけど。」
「そうかな。」
「そうだよ。だからおまえもオレもたいして変わらないって。」
差し出されたカップを受け取る。
「すごくでかい会社の重役だったとしてもさ、いなくなったら誰かが代わりになって、それでも会社はまわってくんだもん。」
「そう考えるとさあ、人間の価値って微妙だね。」
「哲学者みたいになってる。」
「だって、じゅんが電気つけたまま寝たのがそもそもいけないんだよ。死んじゃったのかと思ったんだから。」
「悪かったってば。ごめんごめん。でもオレはおまえの価値を認めてるから心配すんな。」
「そうだね、オレもじゅんの存在は大切だよ。」
「オレもおまえが死んじゃう前に言っておかなくちゃ。オレ兄弟がいないからさあ、おまえといると兄弟みたいでたのしいよ。きっと弟ってこんなんだろうなって思う。」
「死んじゃう前に聞いてよかった。」
ふたりとも黙り込んでコーヒーを飲んだ。ぼくはカオルの絵の前に行く。カオルも来る。絵を前にしてコーヒーをすする。絵の中の黒い犬はどこかしあわせそうに歩いている。
「どうしてもこのあたりがうまくいかないんだ。」
カオルは建物の屋根のあたりを指す。
「オレにはどううまくいかないのかさっぱり。そうだ、この絵できあがったらオレに貸してよ。オレの部屋に飾りたい。」
「マジで?」
「マジで。だって今までの絵だってしまいこんであるんでしょ?もったいない。」
「う~ん・・・。わかった。」
「やった!」
カラになったカップをシンクへ持って行く。カオルもついてくる。
「洗うよ、貸して。」
カオルからカップを受け取る。
「じゅん、頭痛はどう?」
「あ、そういえば良くなってきた。コーヒーのおかげかな。」
「絵の具のにおいのおかげかも。」
「あ、昨日ヒジカタさんに言っといたよ、山草展のこと。花崎さんにも言ってくれるって。」
「そう、よかった。」
「じゃあね、ぼっちゃまありがと。おやすみ。」
「うん。」
部屋を出て静かにドアを閉める。二階へと階段を下りる。そういえば今日のカオルの部屋は静かだったな、と気付く。いつも必ずラジオか音楽をかけるのに。ぼくの頭痛を気遣ってくれてたんだ、きっと。さんきゅー、カオル。
[PR]
by whitesnake-7 | 2007-12-20 07:07 | 11.~15.

12.

   五月二十八日(木)

 「聴いていただきました曲はホワイトスネイクの『SLOW AN’ EASY』でした。さて、ハガキを紹介しますね。横浜のぐったり主任さんから。〔じゅんさん、こんにちは。営業で車に乗っているときだけですが、結構聞いています。『立花潤の立ち話』というタイトルは、立花氏と立ち話がかけてあるんですね。最近やっと気が付きました。私はラジオにハガキを出すなんて絶対ないだろうと思っていたのですが、このコーナーでかかる曲があまりになつかしく、私の青春を思い出させるのでつい書いてしまいました。妻とは結婚前によくロックのコンサートに一緒に行ったものです。だからそのころ聴いた曲がかかったりしますと、ついコブシに力が入ってしまったり。でも運転には気を付けています。この番組、妻にも聞かせたいのですが、自宅には電波が届いていないのです。いつか全国放送になるのを期待しています。〕ぐったり主任さん、達筆で、ありがとうございます。あの、全国放送にはおそらくならないと思いますので期待しないでいただきたいです。ローカルだからこそ通用するコーナーですから。こんなの全国規模でやったらきっとしかられますよ。でもよろこんでくださるかたがいらっしゃいますのでがんばります。ぐったり主任さんはお仕事でぐったりなさってるのかわかりませんが、元気出してくださいね、またおハガキいただけるとうれしいです。えー、それではもう一曲聴いていただきましょう。ディープ・パープルの『BURN』を時間いっぱいまで。明日はこの番組にしてはめずらしい、アバと、初期のデュラン・デュランをかけますのでおたのしみに。ではまた明日。」

 中央線で八王子駅に着く。まだ帰りのラッシュの時間ではないにしても、結構人は多い。人の流れに乗って階段をのぼる。思えば先週の木曜日も朝は雨が降っていて、バスを利用したっけ。改札を出て右へ。雨はやんでいる。
 バス停でバスを待つ。来週の水曜日分でかけた曲、アバの『EAGLE』が耳の中に残っている。高い空を思わせる曲だ。空を見上げてみる。曇り空。夜も雨が降るかもしれないな。バスが来た。
 バスはすいていた。前の方の席に座る。リスナーからのハガキをカバンの中から取り出す。毎週ありがたく読ませていただいている。収録の前に必ず総てに目を通すが、バスに揺られながらもう一度数枚を読んだ。いつも必ずくれる人、たまにくれる人、初めて書いてくれた人、手書きやパソコンの活字などさまざまでたのしい。ちょっとした絵を描いてくれる人もいる。荒井氏からこうしたハガキを受け取る時が、ラジオをやっていてよかったと一番思える時だ。もちろん、全てがいい内容とは限らない。おしかりや文句のハガキだって来る。しかしそういうものも大抵は好き嫌いの問題であって、ぼくのせいでリスナーを著しく傷つけてしまったとかではないので、あまり気にしないようにはしているが、落ち込む事もなくはない。

 部屋に帰って留守電を解除したら、まーちんから電話が入っていた。
『町矢でーす。そっか、今日はラジオの日だっけ。あのさー、急ぎじゃないんだけどさ、うちのバンドの名前を考えてくんない?この際新しい名前で始めたいのよ。だから。カオルにも言っておくから、ヨロシク。じゃあね。』
バンド名か。ロック大好き少年だったぼくとしては、自分がロックバンドを作ったとしたら・・・とバンド名を二つ三つ考えたことはある。実現はしなかったけれども。
 ぼくは昨日スーパーで買ったクラッカーなどを持ってカオルの部屋へ行った。ノックをすると、いつもの人なつこい声が返ってくる。
「どうぞー。」
ドアを開けると、ヒジカタさんがいた。ビージーズが流れている。
「あらじゅんくん、おかえり。さっき行ったらいなかったから。」
「あ、はい。」
カオルがうれしそうな顔をしている。
「じゅん、この前の写真。」
「ああ、妹さんの。出来たんですか?」
「そうなの。おかげさまでよく撮れてるわよ。これ、じゅんくんの分ね。」
「ありがとうございます。」
ヒジカタさんから封筒を受け取る。
「じゅん、本物よりいい男に写ってるよ。」
「そう?どれどれ・・・。」
「妹達もよろこぶわ。これから手紙を書かなくちゃ。じゃあ私はこれで。」
「ありがとうございました。」
ヒジカタさんは部屋を出て行った。
「お、らんまるが黒いカタマリにしか見えないよ。」
「オレとじゅんのヤツにはちゃんと犬らしく写ってるよ。」
「ホントだ。よく撮れてる。」
「コーヒー淹れるね。」
「そう、それを言って欲しかったの。」
カオルは豆を出す。ぼくはやかんを火にかける。
「カオル、これ、昨日ゲットしたクラッカーとシリアル。」
「さんきゅー。明日の朝食にしようっと。」
ミルの音がしはじめる。ぼくはカップをふたつ出してテーブルに置いた。
「まーちんから、聞いた?」
「うん。じゅんがつけてあげてよ。オレそういうの、センスないから。」
「オレもセンスがあるとは思えないけどさあ。でもひとつ考えてあるの。」
「なになに?」
「ローズ。」
「ローズ?バラの花?」
カオルはミルを回す手を止めた。
「道、ロードの複数形ね。R・O・A・D・S。」
「ロードのローズ。・・・それ、なんかいいじゃん。」
「オレがバンドを作ったらそれにしようと思ってたんだ。」
「じゃあ、とっておきの名前じゃん。いいの?まーちんにあげちゃって。」
「オレはもう使わないから。」
「ローズ。なんかバラっぽくて華やかな気もする。それにしよう。」
「それにするかどうかはまーちん次第だけど。」
「そっか。でもここではそれに決定。」
再びミルを動かす。他に考える気もないらしい。いいのかなあ。ぼくは絵の前に立つ。
「あ、屋根の色、変えたの?」
「そう。やっぱり気に入らなかったから。ヒジカタさんがね、いいって言ってくれた。」
「そうだね、明るい感じになったよ。ミニらんまるもよろこんでるよ。」
「ミニらんまるか。彼に赤いリボンでも付けてあげようかな。」
挽き終えた粉をペーパーに入れる。もうすぐお湯が沸く。
「ねえ、じゅん。あの本もうすぐ読み終わるよ。いいね、読んでて疲れないもん。」
お湯が沸いた。カオルはやかんからいつものポットに移しかえる。ポットのほそい口から粉の上にポタポタとお湯を落とす・・・。
「カオル。」
「え?」
「どうした?」
「な、なんで?」
彼はちょっと驚いたように言った。
「なんかいつもと違ったから。」
「え、ああ、そうか。いや・・・ちょっとめまいがしたの。」
「大丈夫か?」
「うん、もう平気。じゅんの観察力ってコワイなー。」
「疲れてるんじゃないの?」
「そうかな。ここのところ時々あるんだよ。」
「ヒビキくんに電話してみたら?」
「そうか、忘れてた。あとでヒビキに訊こう。」
以前カオルが足の痛みを感じたことがあって、あとで聞いたらヒビキくんがちょうどその時サッカーの試合中に足を痛めたというのだ。双子の不思議な話はたまに耳にする。
「じゅん、らんまるの宝物、いつ見に行く?」
「らんまるの宝物?」
「忘れたの?らんまるがほら、ここ掘れワンワンって。」
「ああ、あの話ね。おまえは夢をなくさない少年のようだね。」
「その帰りにE-CAFEにも行く。」
「そこは現実的なんだから。」
サーバーの中に落ちるしずくが幾重にも円を描く。褐色の水面。
「明日行こうよ。じゅんが原稿書いたあとで。」
「いいよ。」
カオルはサーバーのコーヒーをふたつのカップに交互に注ぐ。ひとつをぼくに差し出す。
「さんきゅー。Kブレンドね。」
「そう。まいどありー。」
「うーん、・・・喉にしみるねー。特に木曜日は。」
「ラジオのあとのね。そうだ、じゅん、アース・ウィンドかけてくれた?」
「かけたよ、来週の・・・木曜日分で。」
「一週間後か。今日のもおもしろかったよ、トラックの運転手からのハガキ。」
「あの人、いつもくれるの。」
「運転しながら聴く人、多いんだね。」
「やっぱ大半は運転中か家事をしながらだよね。仕事中の人はラジオ聴けないことが多いもん。」
「でもさ、この前、流れ作業の職場でこのFMがかかってるっていうのあったじゃん。職場でヘヴィ・メタルが流れちゃったりするわけだよね。大胆な会社。」
カオルはカップ片手にさっきの写真をテーブルに並べて見ている。目がうつろな気がする。
「おまえ、ホント大丈夫か?」
「やっぱ、今かけてみよう。」
カオルは立ち上がって電話のところへ行った。
「ヒビキのケータイ、何番だっけ・・・。」
「ヒビキくんはケータイ所持者なんだね。」
「そう、あいつは普通の人だから。」
ぼくらが普通じゃないような言い方である。
「ヒビキと話すの何ヶ月ぶりだろう・・・あれ、出ないや。留守電につなぎますだって。」
「まだ仕事中なんじゃない?」
「えーと、もしもーし、ヒビキ?オレ。えーと・・・またかけなおす。」
無愛想にしゃべって、切った。
「兄弟の会話ってそんなもん?」
「どういうのだと思った?」
「もしもし、おにいちゃんだよ、元気にしてるか?とか。」
「気持ち悪いなあ。おにいちゃんなんて言われたことないよ。」
コンポの前に行って立ち止まり、振り返った。
「ねえ、じゅん、この前入れたクリストファー・クロスのCDが出なくなっちゃったんだけど、助けて。」
メカ音痴発揮である。
「どれどれ?・・・ああ、二番のところに入れたんだろ。ここを押さないと出ないよ。」
「オレ、二番に入れたの?」
わかってない。
「メカに弱いのにCDが五枚もいっぺんに入るコンポなんか買うから。」
「だってまーちんがオススメだって言うから。」
「まーちんとおまえは違うの。」
無事に出てきたクリストファーをしみじみとながめている。
「一番しか使わないようにしてたのにどうなってんだろ。」
カオルを見ていると飽きない。
「そう、ホール&オーツを入れて・・・と。ダビングして返却しなくちゃ。」
「明日返すの?」
「うん。早く返さないと忘れるから。」
カオルがコンポから離れると同時に『SARA SMILE』が聞こえてきた。
「ねえ、『サラ』って人、かわいい人なんだろうね。」
「どうして?」
「だって、・・・なんとなく。」
無邪気な笑顔で笑う。
「おまえ、今夜は早く寝たほうがいいよ。ごちそうさま。」
カップを持ってシンクへ行く。そこにはカップラーメンの残骸があった。
「さびしい一人暮らしの跡を発見。」
「ばれたか。あ、それ洗うから置いといて。」
「そう?」
「じゅん、もう寝るの?」
「まだ五時だっていうのに?いくらオレが早寝だからってそんな。」
「今から寝たら夜中に起きちゃうね。」
「軽く夕飯を食べてシャワー浴びて。十時前後だな。どうして?」
「ううん。」
「なんかあったら起こしていいよ、電話してくれたら起きるから。」
「ありがと。」
なんか不安そうな顔をしていたのが気になる。
[PR]
by whitesnake-7 | 2007-12-19 07:07 | 11.~15.

13.

   五月二十九日(金)

 本を買ってくれてありがとう。きみにお願いがあるんだ。この枝をちょっとどけてくれないかな、動けないんだ・・・。
「誰?」
ぼくは自分の発した声で目が覚めた。なんだ、夢か。少年のような声が耳に残っていた。
 牛乳をマグカップに注いでレンジに入れ、かなり熱めのホットミルクにする。そこへ紅茶のティーバッグを入れる。強引な作り方だけど、ロイヤルミルクティーが出来る。それを作っておいて、顔を洗ったり着替えたりする。一通り終える頃には飲み頃の温度になっている。窓を開ける。薄暗い空は一面白い雲に隠されていた。天気予報は曇り。雨は降りそうもない。ディープ・パープルの『SOLDIER OF FORTUNE』を聴きながらさっきのミルクティーを飲む。今日はカオルの調子はどうだろう。とりあえず机に向かう。原稿のアイデアはなにも浮かんでこない。依頼ページ数は増えているというのに。

 カオルは十一時半頃起きてきた。めまいはしていないと言うので予定通り出掛けることにしたが、寝坊したのでここ掘れワンワンはあとまわしにして先にE-CAFEへ行くことにした。
 バスはゆっくりと坂をのぼって行く。
「そういえば、ヒビキくんには連絡とれたの?」
「そうそう、十一時過ぎに電話してきたよ。やっぱ調子よくないみたい。」
「めまい?」
「うん。難しいんだよ、ヒビキのせいでオレが変なのか、オレのせいでヒビキも変なのかわからないじゃん。」
「そうか。あんまり続くようなら医者に行ってみたほうがいいな。」
「行きたくないなあ。」
坂の上でバスを降りる。ちょっと伸びをする。カオルも真似をする。
「じゅん、原稿書けたの?」
歩き出す。
「それがさあ・・・。ノー・アイデアってやつ。頭も原稿用紙も真っ白。」
「天気も冴えないけど、じゅんもかー。」
E-CAFEの赤い日よけが風に揺れていた。
「何日ぶりだろう。」
カオルの顔がほころんでくる。
「らんまると来たんだったよなあ、月曜日以来か。」
真鍮の取っ手を引く。ベルがチリンといい音色。
「いらっしゃいませ。」
ジュリアさんのいつもの笑顔だ。忙しそう。ざわめきの中を小走りにこっちへ来た。
「こんにちは。」
「こんにちは。」
店はかなり混んでいる。ランチタイム真っ只中である。
「あそこのお席、今片付けますので少しお待ちいただけます?」
今出て行ったOLらしいふたりがいた席。そこだけしかあいていなかった。ジュリアさんは食器類を手早く集めてテーブルを拭いた。カオルもぼーっと彼女を見ていた。
「お待たせしました、どうぞ。」
壁際の四人掛けのその席にカオルとぼくは向かい合って座った。カオルはメニューを開く。
「腹へったー。じゅん、朝は食べたの?」
「トースト一枚。あと、りんごの丸かじりね。」
「りんご、いいねー。オレも今度買おうっと。」
「なんか聴いたことある曲だなあ・・・。」
「これ?ああ。」
「ビートルズか。こういう静かな感じにアレンジされるとまた違うねえ。」
「ビートルズの曲はいろんな人がやってるもんね。」
「オレもビートルズにくわしいほうじゃないけどさ、TOTOのスティーブ・ルカサーなんかがやってる『ノルウェイの森』のアルバムは結構いいよ。あ、来た。」
ジュリアさんが来た。どうしてこの人はいつも笑顔でいられるのだろう。
「お待たせしました。」
グラスの水を静かにテーブルに置いた。ぼくはカオルがしゃべるまで待った。
「あっ、あの、ランチをふたつ。それとコーヒー。ぼくはコロンビア。」
「じゃあぼくはマンデリンをお願いします。」
「ありがとうございます。ランチはお魚だけど大丈夫?」
「だ、大丈夫です、なんでも。」
カオルはジュリアさんの顔を見ずに言った。ジュリアさんはそんなカオルを見てにこにこしている。
「よかった。ランチふたつにコロンビアとマンデリン、かしこまりました。」
彼女が去るのを確認して、カオルは水を飲んだ。
「魚かー。しばらく食べてないなあ、まーちんの明太子は食べたけど。」
「オレはこの前スーパーでシャケを買ったよ。バター焼きにした。」
「うまそう。じゅんって最近料理するようになった?」
「頻繁じゃないけどね。コンビニ弁当に飽きてきたのかなあ。」
「オノデラ・シェフに対抗して立花シェフになってよ、食べに行くから。」
「それは絶対無理だな、作る人が味のわかる人じゃなくちゃ客がこないよ。」
「でもじゅんの味噌汁はおいしいよ。むかしコロッケ作ってくれたこともあったよね。あれはアツアツでうまかったっけ。」
「二年くらい前のことをよく覚えてるね。あの時は確かテレビの影響でむしょうにコロッケが作ってみたくなったんだよな。でもまぐれでうまくいったの。」
カオルの視線が横へ行った。ジュリアさんが近づいてきたのだった。
「お待たせしてごめんなさいね、先にスープをお持ちしました。」
ジュリアさんはカオルとぼくの前にスープカップとスプーンを置いた。持っているトレーの上にはスープがまだ三つのっていた。彼女は軽く会釈をすると、足早に次のテーブルへ移って行った。カオルはその後姿をじっと見ていたが、やがてスープに目を移した。
「じゅん、これなに?」
「おまえさあ、ものがわかりはじめた子供みたいな質問のしかただね。」
「これなに?なに?」
ふざけはじめた。おかしなヤツ。
「スープですよ、ぼっちゃま。」
「そんなことはわかってます。そうじゃなくて。」
カップの中にはきれいな緑色のスープが入っている。
「爺が想像しますところでは、牛乳とホウレンソウで作ったポタージュではないかと。」
「ホウレンソウの色か。きれいだね。いっただっきまーす。」
よくわからないが、クセのないおいしい冷製スープだった。
「おいしいね。」
カオルはうれしそうな顔をした。純粋だなあ、と思う。
「うん、おいしい。自分では絶対作れないもの食べると得した気がするね。」
「戸惑いもあるけどね。」
「戸惑いもある。でもアヤシイものを出すわけないから一応安心だけど。」
「アヤシイものでダシをとってるかもしれないぞ。」
「カオルの思うアヤシイものってなに?」
「例えば・・・、トカゲのしっぽとか・・・怪獣のツノとか。」
「怪獣?ウルトラマンの見すぎじゃない?」
「フフ、今はもう見てないよ、テレビがないもん。」
スープに熱中していたら、ジュリアさんが来た。
「お待たせしました。」
テーブルに料理を並べる。その手つきをながめながらカオルが言った。
「このスープ、おいしいですね。」
「ありがとう。よかったわ。ホウレンソウを裏ごしするの手伝ったかいがあったわ。」
「そうなんですか。色がきれいですね。」
「私もこのスープ、好きなの。」
料理を並べ終えて、彼女はにっこりと笑った。
「すぐにコーヒーお淹れしますね。」
彼女が去るのをまた見つめているカオル。その顔を見ているぼく。
「な、なに?」
ぼくの視線に気が付いてはずかしそうな顔をした。
「ほほえましいなーと思って。」
「そ、そう?・・・あ、白身魚おいしそう。」
視線を落とした。白身魚は確かにおいしそうだ。料理のことはよくわからないが、揚げてあるようだ。その上にきのこがいっぱいのっている。あんかけというのかな。
「じゅん、これあったかいよ、サラダ。」
「そう。温野菜か。スープが冷たいのだから温かいサラダなのかもね。」
「オノデラ・ランチ毎日食べたいなー。」
「ホウレンソウ、ジュリアさんが裏ごししたって言ってたね。おかわりをたのんでみたら?」
「いい、はずかしいから。明日も来るんだもん。」
「ああ、そうだね、明日は山草見物だね。」
カリッと香ばしい魚にナイフを入れながら、明日のことを考えた。カオルも黙って温野菜を口に運んでいる。帰る客にありがとうございましたと言うジュリアさんの声がする。静かな音楽の流れる中、時折り笑い声やざわめきが聞こえる。なにか胸の奥に懐かしい思いがこみあげてくるのを感じた。これはなんだろう。
「じゅん、浮かんだ?」
「えっ?」
「原稿だよ、原稿のネタ。」
「ああ、原稿。忘れてた。」
「なんかいい表情してたから、構想ができたのかと思った。」
いい表情、と言われて少しはずかしくなった。どんな顔をしていたんだろう、ぼくは。
「今さあ、ちょっと胸がキュンとなってたの。」
「へえー、じゅんもそんなことあるの?」
「オレが鋼鉄のような強靭なハートの持ち主だと思ってる?」
「ううん、けっこう繊細だったりすると思ってる。」
お互いの性格についてしばらく話していたらジュリアさんが来た。
「お待たせしました。カオルくんがコロンビアで、はい、じゅんくんがマンデリン。」
「どうも。」
「あいたお皿、お下げしますね。あら、お魚きれいに食べてくれたのね、うれしい。」
彼女は本当にうれしそうにそう言った。
「カリッとしておいしかったです。」
カオルが言った。
「小野寺くんよろこぶわ。あれで結構気にしてるのよ。」
「そうなんですか。いつもおいしいですって言ってください。」
「ええ、ありがとう。」
ぼくはふたりのやりとりを見ていた。が、ひとこと言うことにした。
「明日、山草展に行こうと思ってるんです。」
「本当?ありがとう。オーナーに言っておかなくちゃ、かわいい男の子が来るって。」
ジュリアさんはカオルとぼくを交互に見つめて微笑んだ。
「私も明日行こうと思うの。」
ほら、カオルに聞かせたかった言葉だ。カオルもうれしそうな顔になって言った。
「帰りにまたここに来ます。」
「ありがとう、お待ちしてます。じゃあごゆっくり。」
会釈をして、彼女は次のテーブルへと移って行った。
「カオル、よかったじゃん。明日行くってさ。」
「うん。」
カオルもぼくも残りのサラダを食べる。
「ねえ、じゅん。いいことって先に延ばしておきたくならない?」
「うーん、そういうこともあるけど、早く来て欲しくもあるね。早く来てしまったら次のいいことをさがせばいいんだよ。そうだろ?」
「そうだね。じゅんって前向きだね。」
「そういうふうに考えることにしたの。前はくよくよするほうだったけど。」
「どうして変わったの?」
カオルは両手で包み込むようにカップを持った。ぼくもコーヒーに手を伸ばす。
「編集部に手紙が来るんだけどさ、いい手紙とかお褒めの手紙ばかりじゃないじゃん。むしろその他のほうが圧倒的に多かったりする日もある。ラジオの方もそう。それを毎週読んでるとさ、しまいにはもう好きにしてくれっていうか、どう思ってくれてもいいよって感じにならないとやってられない。」
「とか言いながら結構傷ついてんでしょ?」
「結構ね。」
「そっかー。じゅんも辛い目にあってるんだね。オレ、有名じゃなくてよかった。」
「オレだって有名な方じゃないけどさ、芸能人なんかはきっと大変だと思うよ。相手の数が違うもんね。」
「そうだよね、好きになってくれる人も多いけど、逆もね。」
「荒波っていうか、そういうのにもまれても耐えられる強い精神があったら有名になってみたいけど。」
「オレも強くなりたいなあ。」
「強いだけがいいとは限らないけどね。・・・とオレは思うけど。」
「そうかな。」
「おまえが強くないとは言わないけどさ、その繊細な部分がああいう絵を描かせるんじゃないのかな。」
「ああいう絵ねえ。あの絵、もうすぐ完成させるよ。」
「そう。たのしみだなあ。次にも興味があるし。」
カオルはカップを置いて、左腕の時計に目をやった。(右手で字を書くので時計は左にしている。)
「あ、急がなきゃ。」
「もう時間か。・・・そうだ、それにしようかな。」
「なに?」
「原稿の内容。」
「やっぱり浮かんだんだ。」
「そういえばそうだね。」
「オレは行くけどじゅんはゆっくりしてってもいいよ。」
そう言ってカオルはコーヒーを飲み干した。
「いや、オレも帰るよ。書けそうになったときに書かなくちゃ。」
「じゅん、超急いで帰る?」
「超がつくほど急がないけど、どうして?」
「ワンワンしてきてもらってもいい?なんかさあ、明日じゃ間に合わない気がするんだよね。」
「べつにいいよ。掘ればいいんなら掘ってくる。でもあんまり期待しないでよ。」
ぼくもコーヒーを飲み干した。
[PR]
by whitesnake-7 | 2007-12-18 07:07 | 11.~15.

14.

 富士森公園の坂を下っていく。マラソンをしている人や犬の散歩中の人とすれ違いながら、彫刻の広場に出た。幹が二股に分かれているクヌギの木を見上げる。存在感のある大きな木だ。さて、と一応辺りを見回す。別に悪いことをするわけじゃないけど、見ようによってはアヤシイだろうな。幸い人通りはなかった。今のうちに、と急ぎつつも、なにか落し物でもしたようにふるまいながら、例のツツジの根元にしゃがみこむ。ツツジは何本もあるので、らんまるの探し当てたものが定かでなかった。この辺りだったかな、と思うツツジを一本ずつ見た。ちょうどそこに棒が落ちていたので、それを拾い上げて土を掘り返してみた。たまに辺りをキョロキョロして、人がいないか確かめた。ぼくは一体何をやっているんだろう。(いい年をして。)本当にこんな所から宝物が出てくるわけないのに。でも一通りやってみないことにはカオルに言い訳ができない。でも心のどこかで、わあ、本当にこんなモノが出てきちゃった、なんてことにならないかなあという期待も少しあったりする。しかしその期待は虚しく散った。何もない。もっと深く掘ってみたら?いや、ツツジの根があるだけだろう。やることはやったし、これでよしとしよう・・・。
 空は雲がグレーを濃くして、夜の雨を予感させた。

 アパートに戻る前に郵便局で貯金を下ろした。週刊誌の原稿一本とラジオのちょっとしたコーナーをやっているだけでは生活していける程もらえるわけではない。あの出版社に行く前に勤めていた頃の貯金を時々崩すことになる。仕事のこともそのうち真剣に考えなくてはならないと思っている。
 アパートに着いて、部屋に入り、留守電を解除して窓を開けた。
『用件は、一件です。』
『町矢でーす。おかえり、じゅん。今休憩中なのよ。またかけるわ。じゃあ。』
おかえり、か。上着を脱いで、手を洗う。さっき公園で洗ったけれど、土がよく落ちなかったから気になっていた。どちらかというと潔癖症に傾いているかもしれない。(掃除は苦手だけどね。)マグカップに牛乳を注いでレンジに入れる。洗濯機のスイッチを入れようと思って、やめた。雨が降りそうなんだっけ。明日の朝やればいいか。窓の外を見る。雲は厚そうだ。庭を見ると、花崎さんがいた。雑草を取っているようだ。ヒジカタさんの庭を一部借りていることもあって、手入れもよく手伝っている。手伝っているというよりは、それも趣味のうちなのだろうなと思う。ヒジカタさんも花崎さんも先に連れ合いを亡くしているので気持ちも通じるところがあるらしく、お互いにとても思いやりがあって親しくしている。知らない人が見たら、ふたりは夫婦だと思うだろう。ぼくが見てもお似合いのカップルだと思うもの。そんなことを考えていたらレンジが鳴った。熱くなったカップを持って机に向かう。E-CAFEは本当にぼくのラッキー・プレイスなのだろうか。ぼくはさっき浮かんだ内容を原稿用紙に書き始めた。

 トントトン。カオルのノックだ。
「どうぞー。」
のそっ、とカオルが入ってきた。
「おかえり、どうした?元気ないじゃん。」
「じゅん、今日ヘンな体験しちゃった。」
「ヘンな体験?」
「休み時間だったからよかったんだけどさ、幽体離脱っていうか、自分が自分と違うところにいるんだよ。体と心が一緒のところにいないの。自分でもどうなってるのかわかんなかった。」
「おまえ、疲れてるんじゃないの?めまいはどうなの?」
「今日は大丈夫。あれはなんだったんだろう。」
「超能力だったりして。まあ座れよ。何か飲む?」
「うん。あ、そうだ、これ。」
カオルはコンビニの袋をガサガサさせている。
「スパゲティ弁当、おいしいかどうかわからないけど、いる?」
「おまえっていつもオレの腹がへってるのを思い出させるね。」
「ふたつもらっちゃったんだよ。じゅんが食べてくれなければオレ明日の朝もこれだよ。」
「もらうよ、さんきゅー。食べてくだろ?ホットミルクとウーロン茶と紅茶、どれがいい?」
「ウーロン茶。冷たいのでいいよ。」
ぼくは弁当をレンジに入れて冷蔵庫からウーロン茶を出し、ふたつのグラスに注いだ。
「おまえ、今日早かったんじゃない?」
「うん、後藤くんにまかせてきちゃった。なんかヘンだったから。」
「医者に行った方がいいんじゃないの?」
「幽体離脱って、内科?」
「聞いたことないよな、幽体離脱で内科に行くなんて。」
そのとき電話が鳴った。
「まーちんだよ、きっと。」
「ねえ、オレが出てもいい?」
「いいよ。」
カオルが受話器を取った。ぼくはレンジから弁当を出す。
「もしもし、立花の部屋ですが城石です。・・・ああ、やっぱりまーちんだ。うん、今じゅんと豪華ディナーの最中なの。・・・・・そう。立花先生にご用ですか?・・・あ、それね。じゅんが考えたよ、ローズっていうのはどうでしょう。・・・ううん、そっちのローズじゃなくって、『道』だって。R・O・A・D・S。いい感じでしょ?これにしちゃいなよ、立花潤がバンドの名付け親ですって自慢できるじゃん。じゅんに変わるね。」
受話器を受け取る。
「もしもし?」
『じゅん?ローズっていい響きだね。』
「そう思う?カオルもそれでいいって。」
『メンバーがいいって言ったらそれにさせてもらうよ。反対させないけどね。ありがと。』
「どういたしまして。ライブはいつなの?」
『来週の土曜日の夜。チケット確保するから来てよ。』
「行く行く。あ、カオルは夜はどうなんだろ、いや、バイトは休ませるよ。」
カオルの顔をチラ、と見る。無邪気にスパゲティを食べながらこっちを向いた。
『また連絡するね。じゃあ。』
「うん。」
受話器を置く。
「あの色男がライブハウスかあ。売れちゃったらどうする?」
「そうだよね、まーちんは絶対人気者になるもんね。」
「会社の余興であれだけ盛り上がるんだから、音楽好きにはウケると思うなあ。まーちんは順風満帆だよ。たのしみだな。」
「今のうちにサインもらったほうがいいかな。」
「そうだね。・・・このスパゲティ、そんなに悪くないよ。」
「うん、でもオレはご飯の弁当の方が・・・あ、そうだ。」
「なに?」
「離脱してて忘れてた。宝物、どうした?」
「ああ、宝ね。あったら今頃こんなのんびり食ってないよ。」
「なあんだ、なかったのか。ふう。」
予想はしていただろうけど、少し残念そうな顔をした。
「じゅん、ちゃんと掘った?」
「掘ったよ、信用してないの?」
「じゅんがひとりで掘ってる姿を考えると、笑えるー。」
「おい、オレはおまえのためにマジメにやったんだよ。」
「うん、ありがと。あれ?地震?」
「地震?」
部屋の中の揺れそうなものを見渡す。
「揺れてないよ。」
「あれー、じゃあまただ。めまい。地震と区別がつかないんだよ。」
[PR]
by whitesnake-7 | 2007-12-17 07:07 | 11.~15.

15.

   五月三十日(土)

 カーテンが風に揺れているのに気付いて、窓を見た。閉め忘れたっけ?窓枠の隅になにか気配を感じた。誰かいる。
「じゅん、だよね?」
聞いたことのあるような少年の声。
「誰?」
その気配は窓から机上へと移った。凝視するぼくの前に小さな影が。
「枝をどけてくれてありがとう、助かったよ。動けなかったんだ。」
掌に乗るほどの小さな少年が、はっきりそう言った。ぼくは言葉を失った。
「ぼくは夢樹。夢の樹に住んでいるんだ。ちょっとドジをやって、あの枝の下敷きになっちゃって・・・。」
「ユメキ?待ってくれよ、なんのことだか、さっぱり・・・。」
「じゅんがあの木の根元へ来てくれたから助かったんだよ。お礼にじゅんの逢いたい人に逢わせてあげる。」
小さな少年はまたいつの間にか窓のところに立っていた。
「危ない、落ちるよ。」
ぼくが手を伸ばそうとすると、少年の姿は消えた。その瞬間、なつかしい声がぼくを呼んだ。
「じゅん、どこにいるの?」
やわらかなその声。かあさん?
「かあさん!」
ぼくはキッチンへ走った。いない。風呂場にも・・・。外へ出てみる。道の西を見ても東を見ても・・・。その時だ。人影が現れた。だんだん近づいてくる。
「かあさん?・・・・かあさん!」
その人影は紛れもなく母の姿だった。もう、すぐそこまで近づいている。ぼくは駆け出す。
「じゅん、待っててくれたの?ありがとう。」
笑顔でぼくを見ている。その両手をぼくの方へ差し出した。ぼくの目からは大粒の涙がとめどなく溢れて、かあさんの笑顔が薄れていく。
「泣かないのよ、じゅんは男の子でしょう?」
かあさんはぼくをしっかりと抱きしめた。
「じゅん、大きくなったわね・・・。」
目が覚めたのはその時だった。あまりにはっきりした場景だった。ベッドの上に起き上がってみる。本当に夢だったのか。抱きしめられた感触さえ残っていた。胸がしめつけられるようにうずいている。両手で頬を触ってみる。涙は出ていなかった。かあさん・・・何度も同じような夢をみても一度もその姿を現すことがなかったのに。本当に夢だったのか、もう一度考えてみる。確かにぼくは今目覚めたばかりで、ベッドの上に座っているのだ。夢だった。夢だったけれど、どうしてもみたかった夢がみられたんだ・・・。
 不思議な達成感のようなものを感じながら、ぼくは冷蔵庫から出した牛乳をマグカップに注いでレンジに入れた。棚からティー・バッグをひとつ出しておく。洗面所へ行って、鏡を見る。さっきまで少年だったぼくは、少しひげの伸びた大人の顔で鏡に映った。
「・・・少年?」
ぼくは思い出して、窓のところへ急いだ。あの少年は。・・・窓は閉め忘れてはいなかったし、もちろん小さな少年もいるはずがなかった。机上に視線を向ける。当然そこにもいない。夢樹。彼はそう名乗った。枝をどけてくれて・・・?枝といえば、昨日らんまるの宝探しに行ったときにツツジの根元にあった棒切れを拾ったけれど・・・彼があの棒の下敷きになっていたというのか。棒を拾ったのは現実だけれど、あの少年は夢だ。夢の中の出来事だ。しかし彼が言ったのではないか、逢いたい人に逢わせてあげると。それが夢の中のかあさんだった。話がうまく出来すぎているようで、どこまでが夢でどこからが現実なのかわけがわからなくなりそうだった。でも今はそれでもよかった。かあさんに逢えたのだから。むしろ夢でないほうが・・・そう思った瞬間、レンジが鳴る音で現実に引き戻された。ぼくは熱くなった牛乳の中にティー・バッグを沈めた。

 雨はやんでいた。カオルを起こす時間まで原稿の続きを書いていたが、昨日も今日もどこかまとまりがつかなかった。ちゃんと清書しなければ。こういう時はワープロかパソコンだとすぐ直るんだけど。いっそのことパソコンを買って、原稿をそのままメールで送ってしまうことにしようかとも考えてみる。学生時代にキーボード操作は経験しているし、ブラインドタッチは出来ないにしてもそれ程使えなくはないように思う。(のは自分だけか。)
 八時にカオルの部屋に電話をする。ベルを五回鳴らして切る。しばらくすると、こちらの電話が一回鳴った。カオルの『起きたよ』の合図である。あとは八時半にカオルが下りて来るまでに何か軽く食べておけばOK。CDデッキにベン・フォールズ・ファイブをセットして、バラバラな原稿をとりあえずひとまとめにし、棚の中から食糧を出そうとしていると、ノックの音が。
「じゅーん。」
何も言わないうちにドアを開けてカオルが入ってきた。もの言いたげな様子。
「おはよう、ぼっちゃま。起きたばかりの顔だね。」
「ゆうべ読み終わったの、これ。」
表紙が気に入って買った、あの本を持っている。
「どうだった?」
「あの宝物、夢の中の話だったんじゃん。」
「うん。」
「じゃあ、ホントに掘ってもダメじゃん。」
「そうだね。」
「なんで掘ったの?」
「なんでって、おまえが掘ってこいって言うから。」
「夢の宝物を?」
「じゃああれは夢だよって教えちゃってよかったの?」
「あ・・・そうか。」
「読んでる人に結末を教えないように気を使ってるんだよ、これでも。」
「はあー、夢かー。」
「それを言いに朝早く下りて来たの?ごくろうさん。」
「でもおもしろい本だった。さんきゅー。」
「どういたしまして。ミルクティー飲む?」
「帰るわ、ひげ剃らなくっちゃ。」
カオルは髪をクシャクシャしながら出て行った。『JACKSON CANNERY』を聴きながら、テーブルの上に彼が置いていった本に視線を向ける。あれ、こういう色だったっけ・・・?近づいてよく見る。色褪せたというのならわかるが、むしろ前より鮮やかな色をしているように思える。いや、思い違いかもしれない。すっきりしない気持ちで、カロリーメイトの箱を開ける。ひとかけらを口に入れて、冷蔵庫を覗く。ミネラル・ウォーターのボトルを出してグラスに注ぐ。それを片手に、もう一度本の表紙を眺める。確かに前と違う。そんな不思議なことがあるか。いや、考えてみればことの始まりはこの本だ。この本を買ったのも、宝探しに行ったのも、あの少年の導いたことなのか?思い出したぞ、昨日の夢を。昨日もあいつはぼくの夢に出た。本を買ってくれてありがとう、とか言ったっけ。じゃあやっぱりこの一連の出来事はあいつの・・・。いや、そんな変なことが実際あるわけない、これはぼくの潜在意識の中の何かが作り上げた妄想なのだろう。
[PR]
by whitesnake-7 | 2007-12-16 07:07 | 11.~15.