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26.

 今日は岡田店長にレジのやり方をみっちり教えられて、『いらっしゃいませ』は語尾を伸ばすなとか客の顔を見てしゃべれとか、いろいろ言われた。コンビニマンはやることがたくさんあって一日ではとても覚えきれない。覚えたところで、ここに勤めるわけでもない。だがとてもいい経験になったし、(たまにだから)たのしめた。
 店長はカオルのことをとても心配してくれた。なにしろ高校卒業するかしないかという頃からずっとカオルはここに通っているのだ。店長に言わせると、カオルはここの看板娘ならぬ看板ぼうやなのだそうだ。あのかわいい童顔で『いらっしゃいませ』とか言われたら、ぼくが女だったらいらないものまで買ってしまいそうだもの。
 七時半頃になって後藤くんが来た。後藤くんも結構かわいい大学生だ。彼が来たのでぼくは帰れる。店長は賞味期限のせまった弁当をふたつと、カオルの好きなナッツを袋に入れてぼくに渡した。来てくれてたすかったよ、と言ってくれた。日当の入った封筒を受け取ると、どっと疲れを感じた。

 ぼくがアパートに帰ると、スクーターの音を聞いてカオルが下りてきた。
「カオル、大丈夫か?」
「うん。電車に乗らないとなったらラクになった。じゅん、ごめん、いつも。」
「いいよ、店長が心配してたよ。はいこれ、弁当とナッツね。」
「ナッツ、ラッキー。」
ぼくの部屋のドアを開ける。
「じゅん、なにこれ。」
足元の大きな箱。
「パソコンだよ、さっき届いたの。」
「へえー。」
留守電を解除して手を洗う。
『用件は、ありません。』
「カオル、弁当食べるだろ?」
「うん。」
「お弁当、温めますか?って、今日やったよ。で、温める?」
「いい。」
「ウーロン茶でいいな。」
カップにウーロン茶を注いで、チンする。
「そうだ、じゅん、コーヒー豆ありがと。お金払わなきゃ。」
「いいよ、オレも飲むんだし。それよりね、ジュリアさんの弟さんの彼女が、おまえのその、パニックなんとかだったんだって。」
「そうなの?」
「薬で良くなったって言ってたよ。」
「そう。じゃあ電車に乗れるかなあ。」
レンジが鳴った。カップを取り出す。
「じゅん、疲れたでしょ。今あくびしてた。」
「見られたか。ちょっと眠い。」
「今日も五時とかに起きたの?」
「まあね。」
「原稿は大丈夫?」
「それを訊かないでくれ。でもコンビニ体験の話題でも書こうかな。ああ、ジュリアさんおまえのこと心配してたから早く顔見せてあげないとね。」
「うん。」
「ちゃんと薬呑んでる?」
「うん。」
「明日何時に起こす?」
「八時。じゅんっておかあさんみたい。オレじゅんに迷惑ばっかりかけてる。」
「そんなことないよ、そんなふうに思ったことないよ。おまえはオレのかわいい弟だからね。コーヒーも淹れてくれるし。」
「オレがじゅんにしてあげることってそれしかだね。」
「絵も見せてもらえるし、コンビニ体験もさせてもらえるし、弁当も無料だ。」

   六月八日(月)

 カオルが診察室から出てきた。
「やっぱりパニック障害だって。」
「そうか。」
「百人にひとりかふたりくらいがなるんだって。」
「そんなに?」
処方箋を受け取り、薬局で薬を出してもらった。
「電車に乗れなくなる人も多いって。高層ビルに勤めてる人がエレベーターに乗れなくなって会社を辞めたりするケースもあるらしい。」
「治るの?」
「治らないとは言わなかったけど・・・。」
「薬はあるんだから良くなるよ。早くメシ食べて薬呑もうよ。」
「そうだね。」
「どこ行く?彼女に会う?」
「うん。」

 バス停から歩いて行くと、曇り空の下で赤い日よけが風に揺れていた。
「もうすぐ梅雨だな。」
「じゅん、今日の天気予報聞いた?オレまた傘持ってないよ。」
「今日は降らないって言ってたけど、でも立川は集中豪雨かもね。」
「いじわるー。」
今日はカオルがドアを開けた。チリン。
「いらっしゃいませ。あ、カオルくん!」
「こんにちは。先日はすいませんでした。」
「いいのいいの。それより具合はどう?」
「今は平気です。」
「そう。よかった。じゅんくんも、座って。」
「はい。」
久しぶりに窓際の席に座った。今日は比較的すいている。ジュリアさんが水を持ってきた。
「やっぱりふたりが一緒じゃないとイメージが狂っちゃうわ。」
「いつもふたりで来てますからね。えーと、ランチふたつと、カオルどうする?」
「ブラジル。」
「じゃあぼくもブラジルをください。」
「ありがとう。」
彼女は伝票を書きながら歩いて行った。
「じゅん、あの人まーちんのライブにどんな格好で行ったのかなあ。」
窓の外を見る。今日は風が強いな。
「じゅん、あれ、藤村俊二じゃない?」
坂を登ってくる老紳士はオーナーだった。右手には杖、左手には花束を持っている。
「あの人、絵になるね。」
ジュリアさんがスープとサラダを運んで来た。
「お待たせしました。・・・あら、オーナー。」
ぼくらが外を見ていたのにつられたのか、オーナーに気が付いてそう言った。
「よくいらっしゃるんですね。」
「コーヒーがお好きなの。それにお孫さんの顔も見られるでしょ?」
「ああ、そうですね。」
チリン。
「いらっしゃいませ。」
オーナーはジュリアさんに花束を渡すと、カウンター席に座った。ジュリアさんはうれしそうに花を見つめて、なにか言っている。
「あの花、オーナーが育てたやつかなあ。」
カオルがふたりをじっと見つめてそう言った。
「そうかもしれないね。」
ぼくはスープを飲む。
「ところでじゅん、原稿は?」
「それを言うな。今日起きるの遅かったの。」
「明日提出するんでしょ?」
「いざとなったら水曜でいいんだよ。本当は水曜が締め切りなんだけど、ギリギリに出すのがキライなだけ。」
「そうなの?オレ責任感じちゃうよ、じゅんにバイトさせてたから。」
「それは平気平気。なんとかなるよ。」
カオルはカップを置いたままスープをふうふうしている。
「ねえ、ここにくると季節の野菜が食べられていいよね。」
「あの人に会えるのがいいんでしょ?季節の野菜なんてファミレスでも食べられるよ。」
「じゅんはよく外食する?」
「よくではないと思うけど。編集部へ行ったときとか、あとはラジオの連中とどこか食べに行ったり。でも今はここが一番好き。」
「座り心地いいしね。シェフはセンスがあるし。」
「おまえ、バイトの時はいつもコンビニ弁当なの?後藤くんも来たとたんに食べてたけど。」
「だいたいそう。パンのときもあるし・・・冬はおでんやってるからそれだったりね。」
「ちゃんと食べろよな。難しいけどさ。オレももう少しマシなもの作ろうかな。」
「オレにも作って!お代は払うから。」
「自分で作れよ、おまえの方が芸術的センスがあるんだから。」
「芸術的な料理なんておいしそうもないなあ。この前のじゅんのうどんおいしかったよ。」
ジュリアさんが来た。
「たのしそうね。ホントに仲がいいわね。」
そう言いながら、テーブルにサンドイッチの皿を置いた。
「うまそー、いろいろ入ってる。」
「すいません、カオルはお子様なもんで。」
ジュリアさんはニコニコしていた。
「食べにくかったら言ってね。お客様の意見も聞きたいから。スープカップ、お下げするわね。ごゆっくりどうぞ。」
去っていく彼女の背中で黒いエプロンの紐がきれいなちょうちょ結びになっている。
「ねえじゅん、気が付いてた?」
「なにに?」
「まえからずっとオレのスプーンとかフォーク、こっち側に置いてくれるの。」
カオルは左側に置いてあるフォークを指差した。
「オレが左利きなの、ちゃんと覚えてくれてるの。」
「そうか。すごいね。・・・ちょっとしたことだけどうれしいよね。」
「うん。」
無邪気な笑み。
「ねえじゅん、こういう食パンのサンドイッチって得した気にならない?」
「こういうって、胚芽入りとかライ麦食パンみたいなの?」
「そう。高級感があるじゃん。」
「実際高級なんじゃないの?値段は。でもさ、普通の白い食パンもすごく種類が多いじゃん。スーパーで悩むんだよなあ。でもあんまりいつまでもボーッとなってるとさ、おばちゃんのタックルで目が覚めるの。」
「ウチのコンビニもおばちゃんパワー炸裂の人いるもんなあ。たくましいよ。」
「これホントうまい。いつか来たときもサンドイッチのときがあったよね。」
「あったね。」
「こういう焼肉をはさむのもうまいなあ、タレがこう、ビミョーにね。」
「ビミョーにね。たまごサンドも好き。」
「オレも好き。今度サンドイッチ作ろうかな。ハムとチーズだけでもとりあえずできるし。」
「オレにもお願い。」
「五百円いただきますよ。」
「それでもいいから作ってよ。」
「じゃあおまえは五百円のコーヒーを淹れてよ。」
「持ちつ持たれつ?」
ジュリアさんがコーヒーを運んできた。
「お待たせしました。」
なるほど、カオルのとぼくのとではカップの取っ手の向きが違う。
「サンドイッチ最高にうまいです。」
カオルはおもいっきりしあわせそうな顔で言う。
「そう、うれしい。どれがお好き?」
「お肉のやつが。」
「ぼくも。チーズのもおいしかった。」
「ありがとう。お客さんが喜んでくれるのってすごくうれしい。」
「コーヒーもいつもおいしいです。」
「ありがとう。あいてるお皿、お下げしますね。ごゆっくり。」
やわらかい声。どこかかあさんのそれに似ている。
「あ、おまえ忘れずに呑めよ、薬。」
「そうだった。」
デイバッグの中から取り出す。
「これか。こんなちっちゃい薬で効くのかなあ。これとこれね。」
カオルが薬を呑む。
「効くといいね。」
「もう元気になってきた!」
「ずいぶん即効な薬だねえ。あ、なんとなくまとまってきた。」
「なにが?」
「原稿の内容。」
「オレの薬がじゅんにも効いたの?すごい薬だね。」
「これならおまえ絶対治るよ。」
「よーし。」
コーヒーを飲み干す。
「行く?」
「うん。」
「ついて行こうか?電車まで。」
「うーん・・・でもじゅんは原稿書かないと。」
「それはそうなんだけどさ、駅に行くくらいなら平気だよ。」
「やっぱりいいよ、最強の薬呑んだから大丈夫。」
「そう?じゃあ帰るわ。そうだ、おまえ帰りにチャリンコ忘れるなよ。」
「ああ、そうだったっけ。」

 そういえば今日はまだ夢の樹の水を取り替えていなかったな。原稿を書き始める前に取り替える。根はまた少し伸びたようだ。夢樹はどうしているんだろう。時々この葉を食べに来ているのだろうか。いや、そんなことはあとでゆっくり考えよう。明日の朝までに原稿を仕上げたい。
 五時過ぎにまーちんから電話があった。ドラムの一条くんの母親がパニック障害を経験しているらしい。どこへも出掛けられなくなって、うつ病を併発した時期があったそうだ。だからカオルの様子に気を付けてやってくれ、とまーちんは言った。
 原稿を清書し終えた。八時十五分だ。封筒に入れる。これで明日はOK。
「じゅん、起きてる?」
カオルだ。
「起きてるよ。」
ドアを開けて入ってきたカオルはちょっぴり元気がない。
「電車に乗れたよ、よかった。」
「そう。お疲れ。」
「おにぎりがあるけど、食べる?」
「うん。今ちょうど原稿仕上がったの。なに飲む?」
「オレはいらない。」
「どうして?」
「さっきからなんか気持ち悪いの。食べたくない。」
「風邪でもひいたか?だけどなんか食べないと薬が呑めないでしょ?」
「うーん・・・。牛乳があるからチンして飲むよ。それで寝る。」
「そう。お大事にね。」
「じゅんより早く寝るなんてすごいね。おやすみ。」
「おやすみ。」
ぼくは紅茶を飲みながらおにぎりを食べた。ふと思いついて、小皿にご飯粒少しとおにぎりに入っていた刻み昆布をのせ、夢の樹のグラスの横に置いてみた。
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by whitesnake-7 | 2007-12-05 07:07 | 26.~30.

27.

   六月九日(火)

 カーテンが風に揺れている。小さな人影。
「夢樹?」
彼は夢の樹の枝にぶらさがって見せた。
「夢樹、きみは魔法使いなの?」
ぴょん、と降りた。
「ぼくが魔法を使ったことある?」
・・・ないか。
「ねえ、きみをカオルに紹介したいんだけど。」
夢樹は困った顔をした。
「誰にも言わないで。」
「カオルにだけ。ダメ?・・・あ。」
夢樹がいなくなった。・・・そこで目が覚めた。また夢の中だったのか。ベッドから下りて窓辺へ。あ。ご飯粒がなくなっている。昆布はお気に召さなかったらしく、残っていた。やっぱり夢樹は本当にいる。

 トーストを食べ、戸締まりをして、原稿の封筒を持つ。部屋を出てドアのカギを閉める。さて、行くか。・・・でもその前にカオルの様子を見てこよう。
 階段を上ると、咳が聞こえた。ドアをノックする。
「カオル?」
ゴホゴホッ、と苦しそうな・・・。ドアを開けてみたら開いたので勝手に入る。
「カオル、あれ?」
いない。すると、ユニットバスの方からまた咳が聞こえる。水の音がする。
「カオル、大丈夫か?」
ユニットバスのドアが開いていて、カオルがうずくまっていた。
「カオル!どうした?」
「こないで、見ない方が、ゴホゴホ・・・。」
「吐いたのか、まだ出そう?背中さすろうか?」
「もう大丈夫だと思う・・・・・。吐いたら少しラクになったみたい。」
カオルは力なく立ち上がって、うがいをした。
「あー、苦しかった。まいったよ。」
「昨日早く寝たんだろ?」
カオルはベッドに腰掛けた。
「じゅんより早くね。ホットミルク飲んで、薬を呑んで。・・・あ、また吐きそう。」
カオルはユニットバスへ駆け込んだ。ぼくもついていって背中をさすった。辛そうだ。
「もう平気みたい。ごめんね、きたなくて。」
「一緒に医者に行ってやるよ。着替えられる?」
「だって新宿行くんでしょ?」
「いいよ、午後行くから。気にするな、行こうよ。」
タクシーに迎えに来てもらって、心療内科まで行った。順番を待つ間、カオルは蒼い顔でぐったりしていた。
診察を終えて帰ってきたカオルは、悲しそうに言った。
「あの薬が合わないみたい。パニックにすごくよく効く薬なのに。」
「そのせいで胃が悪くなったのか。」
「他の薬に替えてみるって。」
「他のもあるのか。よかった。」
「オレの胃も一応デリケートだったんだなあ。」
処方箋を出してもらって薬局で薬を受け取る。
「カオル、どうする?タクシーで帰る?」
「少し歩きたい。」
「バス停まで行こうか。」
「うん。」
ぼくたちはとてもゆっくり歩いた。
「じゅんはそのまま編集部行っていいよ。オレ帰れるから。」
「でも一度アパートに戻るよ。」
「だって二度手間じゃん。あ、オレあそこの公衆電話で店長にかけてくる。」
「ああ、今日は休んだ方がいい。」
カオルは十円玉をいくつか入れてダイヤルした。
「・・・あ、もしもし?城石です。お疲れさまです。あの、申し訳ないんですが今日ぼく休みをいただきたいんですけど。・・・え?杢代さんも?・・・いえあの・・・でもちょっとですね、体の調子が・・・。」
ぼくはカオルから受話器を奪い取った。
「もしもし、立花です。城石は体調が悪くて昨夜からなにも食べてないんです。申し訳ありませんが休ませてください。かわりにぼくが行きますから。」
「え、じゅん、新宿は?」
「わかりました、じゃああとで行きますので。はい。失礼します。」
受話器を置く。
「じゅん。」
「原稿はファックスで送るよ。あ、そこにコンビニあるじゃん。」
ぼくは今回の原稿をファックスで送る旨を笹山氏に電話し、コンビニのファックスから送った。
「カオル、おかゆ売ってるじゃん、これどう?」
「そういえば気持ち悪いけど腹へった。」
「消化のよさそうなもの買って行ったら?」
「うん。じゅんはどうするの?」
「駅の周辺でさっと食べてくよ。」
「ホントにいつもごめん。」
「いいよ。おまえ胃の薬ももらったんだろ?」
「うん。」
「じゃあそれ呑んでさ、ゆっくりしてろ。」
「そうする。」

 後藤くんが五時頃来たので、早く仕事から解放された。帰り支度をしていると店長に、正式にここで働く気はないか、と言われた。すこし考えさせて欲しいと返事をしておいた。杢代さんが辞める日が近いのだそうだ。
 立川駅から中央線に乗る。かなり混んでいる。ぼくは発作を起こしたときのカオルを思い出していた。あのままカオルが死んでしまっていたらぼくは今頃どうしているだろう、なにを考えて生きているだろう。母を失ったときのように、朝が来て現実を思い出すたび涙を流すのだろうか・・・。今のぼくの生活の中からカオルが消えてしまうことは考えられない。
 八王子駅に着いて、カオルに電話してみた。
「もしもし、カオル?今、八王子駅。どう?調子は。」
『おかゆは食べられたよ。胃の方もやっとおとなしくなったし。』
「なんか必要なものがあれば買って行くけど。」
『特にない。つまんないから早く帰ってきて。』
「わかった。」
 どこにも寄らずにバスに乗って帰った。バス停から歩いていると、アパートの前にカオルが立っていた。
「おう、なにやってんの?」
「じゅんを待ってたの。」
ぼっちゃまはよほどつまらなかったらしい。
「その後なにか食べた?」
「ううん、おかゆだけ。」
ドアを開ける。カオルも一緒に入ってくる。
「あ、バナナがあるけど、それだったら食べられるんじゃない?」
「うーん・・・食べてみようかな。また吐きそうで怖いの。」
「でもおかゆのあとは今のところ平気なんだろ?」
「うん。」
「そうだ、またフレンチトースト作ってやるよ。それとバナナでどう?」
「オレ、じゅんにごはん作ってもらって、仕事も行ってもらって、どうしたらいいの?」
「いいじゃん、そういうときもあるよ。」
留守電を解除する。
『用件は、ありません。』
手を洗う。
「じゅん、さっきね、医者から帰るとき・・・バスの中で発作になったの。」
「バスで?」
「そう。心臓がバクバク言って、めまいがグルグルで、怖くて発狂しそうになった。思わず次のバス停で降りたよ。」
「で?」
「降りたら少しずつおさまってきたから、そこから歩いて帰ってきたの。」
「乗り物がダメってことなのかなあ。」
「わからない。オレどうなっちゃうんだろう。」
「大丈夫だよ、病名もわかってるんだし、いい方法があるはずだよ。あせらないことだよ。」
ぼくがフレンチトーストを作るあいだ、カオルはベッドに腰掛けてぼんやりしていた。
「カオル、テレビ見ていいよ。」
「うん。・・・ねえ、今日の原稿見てもいい?」
「原稿?ああ、いいよ。」
カオルはぼくの机の上の封筒から原稿用紙を出した。
「すごい、最初の読者だね。」
「うーん、でも笹山さんが先だな。」
「そっか。」
カオルはしばらくおとなしく読んでいた。
「ぼっちゃま、フレンチトーストできましたよ。これ、この前スーパーでゲットしたシナモンシュガー。かける?」
「かける。」
「なんか消化のいいおかずが欲しいね。」
「なんにもいらない。これ、シナモン、いい匂い。」
「だろ?紅茶に入れてもなかなかだよ。そうだ、なにを飲む?ホットミルク?」
「じゅんと同じでいい。」
「じゃあ胃にやさしいホットミルク。」
牛乳をふたつのマグカップに注ぎ、レンジに入れる。
「じゅん、バイト疲れない?」
「今日は時間も短かったから平気。長いと足が痛くなる。慣れれば平気なんだろうけど。」
「ホントごめん。」
「いいよ、こっちもどうせ時間があいてるんだし。」
しばらくの沈黙。
「早く杢代さんのかわりの人みつかるといいね。」
「うん。何人か面接に来たけど店長が気に入らなかったみたい。」
「カオルが三人いればいいのにね。」
「朝から晩までオレがやるの?」
「そう。おもしろそうじゃん、いつ行ってもおまえがいるの。」
「やだなあ。」
よかった。ちょっと元気が出てきたみたいだ。レンジが鳴る。
「ねえカオル、あの絵、額に入れようよ。」
「そうだね。額に入れると本物っぽく見えるんだよなー。」
「さて、ぼっちゃまお薬の時間ではありませんか?」
「忘れてた。」
「忘れるくらい体調がいいんならいいけど、そうじゃないんでしょ?」
「胃は落ち着いた。でもめまいが慢性化しつつある。常にユラーッとしてるような。」
「危ないなあ。次に医者に行くのはいつ?」
「一週間後。」
「一週間耐えられそうなの?」
「わからないけど・・・明日起きたら考える。」
「そうだね。」
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by whitesnake-7 | 2007-12-04 07:07 | 26.~30.

28.

   六月十日(水)

 五時頃目が覚めた。窓辺へ行って夢の樹の根の伸び具合を見る。これくらいなら土に植えても大丈夫なんじゃないかな。水を取り替える。顔を洗っていたら、ノックの音が。
そっとドアを開ける。寝起きのままのカオルが立っていた。
「カオル。こんな時間に起きたの?」
「入っていい?」
「いいよ。どうした?」
「発作で目が覚めたの。」
「え?寝ていても発作が起こるのか。」
「今度こそ死ぬんじゃないかと思ったよ。オレ、耐えられないよ。」
「今はおさまってるんだろ?大丈夫、落ち着いて。座ってろ、温かいもの作ってやるから。」
ぼくはお湯を沸かす。
「どうしてあんなに苦しいんだろう。いっそのことあのまま死ねたらラクなんじゃないかと思うくらい。」
「オレをおいて先に死ぬなよ、バカ。大丈夫だよ、必ずよくなるはずだよ。」
インスタントのたまごスープをマグカップに入れてお湯を注ぐ。
「これ飲んで。」
「うん。」
「ほら、まだ生きてるから大丈夫だ。」
「ねえ、ベッド借りていい?ひとりになりたくない。」
「いいよ、いつまで寝てても。雑音がしてもよければ。」
「うん。」
カオルはスープを飲み終えると、ぼくのベッドにもぐり込んだ。ぼくはひげ剃りを終えると、パソコンの箱を開けた。ダンボールがバリッと音を立てたので思わずカオルを見ると、横になったままぼくを見ていた。
「なんだ、寝てないのか。」
「寝る。じゅんの様子がおもしろかったから見てただけ。おやすみ。」
「おやすみ。」
箱の中からノートパソコンが現れた。またコードだの本だの、付属品がごっそり入っている。これを全部読めっていうのか。はあ。やっとカメラの説明書を読破したところなのに。ぼくは箱の中身をとりあえず全部出してみた。ため息。たくさんの本の中から、おやじが買ってきたらしい『パソコン入門』とかいう参考書みたいなのが出てきた。これは簡単そうだ。机の上にパソコンを置き、コードを適当につないで電源を入れてみる。お、結構いけそうじゃん。しばらくその『パソコン入門』を見ながらあれこれやってみた。
 八時。目が疲れてきた。ぼくは立ち上がって伸びをする。冷蔵庫から牛乳を出し、カップに注ぎ、レンジへ。ティーバッグをひとつ出す。カオルの顔を覗く。かわいい顔で寝ている。なんでこいつがそんなに苦しい目に合わなければならないのだろう。レンジが鳴らないうちに止めて、(ぼっちゃまが起きないように)カップを取り出す。ティーバッグを入れる。いつもの強引ロイヤルミルクティー。小さめの音量でエアロスミスのCDをかける。クラッカーの箱を探す。棚の扉をそっと閉める。冷蔵庫からクリームチーズを出す。それとブルーベリージャム。野菜がないな。もう一度冷蔵庫を開けて、キュウリを一本取り出す。洗って、切らずにそのままマヨネーズをにゅーっとのせ、立ったままかじる。
「じゅーん。」
ぼっちゃまのお目覚めか。
「なんですか?カオちゃん。」
「何時?」
「八時十五分。・・・聞いてる?ぼっちゃまのバイトが休みの水曜日でございますよ。」
ぼくはクラッカーにクリームチーズをのせ、ブルーベリージャムをつけて食べる。最高。
「そうか。」
むっくりと起きた。
「ミルクティー飲む?顔洗うんだったらタオルをお貸ししますが、いかがいたしますか?」
「貸して。」
寝ぼけ顔のカオルにタオルを渡す。牛乳をチンする。
「シェーバー使っていいよ。」
ぼくはCDのボリュームを少し大きくする。『DRAW THE LINE』だ。いいねえ。今度のラジオでかけようかな。・・・レンジが鳴った。ティーバッグを入れる。カオルもキュウリをまるかじりするかな。一応食べやすい大きさにはしてやるか。
「あー、やっと目が覚めた。あ、ブレックファスト。」
「粗食でございますよ。どうぞ。」
「いいの?いっただっきまーす。」
「ところで体調はどうなのさ。」
「そうだ、ゆうべはごめん。・・・ゆうべじゃないや、今朝か。」
「今朝です。それはかまわないけどさ。」
「寝起きでよくわからないけど、胃は平気みたい。めまいはしてる。」
「また医者に行ってみる?」
「バスに乗りたくない。」
「タクシーは?タクシーならすぐ降りられるじゃん。」
「うーん・・・。そうだね。」
カオルはクラッカーにジャムを左手でつける。
「カオル、パソコンでちょっとしたゲームができそう。今度教えるよ。」

 医者に行くタクシーの中で、やはりカオルは動悸と吐き気を訴えた。途中で車を降り、しばらく休んでから医者まで歩いた。その医者は病院からの紹介で行き始めたところだったが、もっとアパートから近い医者を紹介してもらうことにした。発作になったときのための頓服薬も処方してもらった。
 しかしそれからのカオルは電車に乗れず、バイトに行けない日が続いた。バイトはとりあえずぼくが穴埋めをしていたが、カオルは部屋にこもる生活を余儀なくされた。買い物に行ってもレジが怖くて通れないという。ひどい日は道の向こう側のゴミ置き場にさえ行けなかった。このままでは本当にうつ病になってしまうのではないかと心配になってきた。
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by whitesnake-7 | 2007-12-03 07:07 | 26.~30.

29.

   (一週間後)六月十七日(水)

 十時頃カオルの部屋へ行った。ノックをする。
「カオル、入るよ。」
カオルはベッドの上に座り込んでタバコを吸っていた。(三年位前にやめたのに。)まわりには何日分かの薬が並べてあった。
「ねえじゅん、これが抗うつ薬、これは精神安定剤、これはわからない、これは発作の頓服薬、それでこれが眠れない時の睡眠薬・・・。これを全部呑んだら死ねるのかなあ。」
「おまえ、バカなこと考えるなよ!冗談でもそんなこと言うな!」
「今ね、店長から電話があったの。来られないなら辞めてくれって。・・・すごく遠まわしに言ってたけど。ついに失業だよ。」
「そうか。じゃあ他の人が見つかったらオレも辞めるよ。」
「じゅんはあそこに勤めてもいいよ。」
「そういうわけにはいかないよ。」
「オレがかわいそうだって言いたいの?そうだよ、どこにも行けない、仕事もできない、お金もない、薬がなければ外に出られない、じゅんにオレの気持ちなんてわからないよ!」
「カオル・・・。」
「ひとりにしてよ!」
ぼくはドアを閉めた。階段を下りる。部屋に入る。受話器を取る。まーちんの番号を押す。
『ただいま電話に出ることができません。ご用件をどうぞ。』
「まーちん?オレ。カオルの精神状態がすごく・・・不安定で・・・。オレになにができるんだろう・・・。」
そのときノックがした。ドアを開ける。
「カオル!」
「じゅん、ごめん。」
ぼくに抱きついて泣いた。
「じゅんにひどいこと言っちゃった。ついイライラして。こんなにいろいろしてくれてるのに・・・。」
「泣くなよ。いいよ、おまえが辛いのはわかってるつもりだから。」
「じゅん、ごめん。」
「いいってば。気にしてないから。まあ座れ。」
ベッドに並んで座る。
「オレ、じゅんになんにもお返しができないのがすごく辛い。」
「うーん・・・。なにかの本に書いてあったんだけど、ネコなんだよ。」
「ネコ?」
「そう。ネコは飼い主のために仕事をしてくれるわけでもないし、エサ代もかかる。だけどみんなにかわいがられてるだろう?いてくれるだけでいい存在なんだよ。つまりおまえはオレにとってネコみたいな存在だってことかな。」
「・・・。」
「絵を描く気分にはならないか?」
「今はまだ。」
「そう。・・・オレは神様はあんまり信じない方なんだけどさ、もしかしたら神様がおまえに絵を描く時間をもっと増やしてくれたのかもしれないよね。そういう考え方はどう?」
「絵を描く時間・・・。」
「絵を描くためにおまえに時間の余裕を与えてくれたと思えば。バイトから開放されたわけだし。」
「・・・うん。」
「急ぐことはないよ、ゆっくり考えればいい。貯金も少しはあるだろ?」
「うん。」
「おまえに合う薬だってこれから見つかるよ。あせらないことだよ、OK?」
「・・・OK。」
「よし。腹へってない?」
「ちょっと。」
「スパゲティー食べる?茹でて混ぜるだけのヤツだけど。」
「食べる。」

 夜、まーちんから電話があった。
「ごめん、中途半端な伝言しちゃって。」
『いいけどさ、カオル、どうなの?』
「うーん、とにかく行きたいところにも行けないしさ、ストレスたまってると思うよ。」
『そう・・・。』
「まーちん、こっちに来られる日はない?」
『夜だったら行けるけど。』
「昼間はダメ?」
『平日は休めないし、土日はバンドの練習があって・・・。』
「カオルの絵の額縁を買いたいんだけど、車があった方がよさそうなんだよ。それにもうひとつ、らんまるを貸してもらえるとありがたい。」
『らんまるか。』
「カオルが寂しそうでさ、会うのは毎日オレくらいじゃん。らんまるがいてくれたら喜ぶんじゃないかと思うんだ。」
『わかった。』
「でもらんまるのことはまーちんの都合でってことにしてくれないかな。」
『OK。だったらさあ、車ごと貸すよ。』
「え、だれが運転するの?」
『おまえに決まってるじゃん。免許持ってるだろ?』
「何年乗ってないと思ってんの?」
『練習すればすぐ乗れるって。平日の夜だったら付き合うからさ。今夜は無理だけど。カオルのためだろ。』
「うーん・・・わかった。でもバイトが終わった後になっちゃうけど・・・。」
『いいよ、十一時頃までだったら。』
「じゃあ、明日行っていいかな。」
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by whitesnake-7 | 2007-12-02 07:07 | 26.~30.

30.

   六月十八日(木)

 「こんにちは。『立花潤の立ち話』、今週も聴いてくれてありがとう。まず一枚ハガキを紹介しますね。国立市のキーちゃんから。〔潤さんこんにちは。いつも聴いてます。私は今病気で入院しているので、ラジオが手放せません。テレビもいいのですが、ずっと見ていると疲れてしまうのです。だから、ひとりでいるときはずっとラジオを聴いています。私は中二の女の子です。友達はみんなアイドルが好きな子が多いです。でも私はロックが大好き。だから潤さんの番組がもっと長い時間になったらうれしいのにと思います。私の病気は治りにくい病気です。でも毎日がんばって治療しています。潤さん、少しでいいからはげましの言葉をください。そうしたらもっと元気になれそうな気がします。よろしくお願いします。これからもがんばってください。〕キーちゃん、ハガキありがとう。そして、いつも聴いてくれてるんだね、ありがと。ぼくのかける曲で少しでも誰かを元気にできたら本当にうれしいことだと思っています。キーちゃん、なんの病気なのか書いてないけど、治りにくい病気なんだね。そう・・・。でも、治りにくいってことは、治らなくはないってことでもある。治る可能性があるってことだ。だから希望を持ってがんばれ。うまく言えないけど、ぼくはキーちゃんの味方だよ。応援してる。それを忘れないで。なにか辛いことがあったらまたハガキを送って。ぼくに出来ることなら手伝いたいから。それにね、キーちゃんたちからのハガキにはぼくもとっても元気をもらってるんだよ。ありがとう。・・・最近しみじみ思ったことがあって、人から見ても病気じゃなさそうな人が病気だったりするんだよね。たとえば耳の病気の人は外から見てもわからない。まあ、内臓だってそうなのかもしれないけど。ぼくの近くに、電車のドアが閉まるのが怖くて電車に乗れないっていう病気の人がいる。普通に考えれば、電車が来て、ドアが開いて、そこに入るだけじゃんって思うんだけど、それがどうしてもできないんだ、その人にとっては。自分には理解できないような病気があるんだなあって思ったよ。キーちゃんも、そのほかにも病気の人が聴いてくれてると思うけど、一緒にがんばっていこう。あせらずにね。じゃあ今日はロック好きのキーちゃんに一曲かけようね。ジューダス・プリーストで、『ELECTRIC EYE』。」

 バイトに行くと、店長がぼくのところに来た。
「立花くん、城石くんの様子はどう?」
「カオルの様子ですか?」
「昨日ねえ、電話して・・・そのあと気になってさ。」
「ああ、もう大丈夫だと思いますよ。落ち込んだでしょうけど、もう。」
「そうか。私も辛いんだよ、城石くんのことは息子みたいに思っていたしねえ。でも来てもらえないとなるとやっぱり・・・。」
「店長の気持ちはわかりますよ。ぼくが店長だったとしてもそうするしかなかったと思いますよ。カオルも理解してくれますよ。」
「だといいんだけれどね。」
「それから、次の人が決まり次第ぼくも辞めさせていただきたいんですが。」
「え、続けてくれる気はないかい?」
「ええ、申し訳ありませんけれど。カオルの代理だけということに。」
「・・・そう。でもきみが来てくれて本当に助かったよ。明日ふたり面接に来るから。採用するかどうかはわからないけどね。」

 バイトが終わってからカオルに電話した。
「カオル?」
『じゅん、どこ?』
「立川駅。これからまーちんのところへ行ってくるからね。ちゃんとメシ食べろよ。」
『まーちんとさっき電話したけど、出張なんだって?』
「そうみたいだね。だからまたらんまるとの日々だよ。」
『うれしいな、らんまるに会えるの。今夜連れてくるの?車貸してくれるって?』
「うん。だけど何時になるかわからないよ。運転の練習に付き合ってもらってからだからね。あのデカイ車をオレに運転しろっていうんだから。でもあれがあれば額縁が買いに行ける。」
『そうだね。』
「ヒジカタさんに言っといてくれた?」
『うん。あのワンちゃんならいいって。』
「あ、電車来ちゃったから切るよ。」
『うん。』
 町田に着いたのは七時半。それからまーちんを助手席に乗せて町田をグルグル走った。一時間半くらいでなんとか車と運転に慣れてきた。
「もうこれくらい乗れれば大丈夫だよ。」
「悪いね、付き合わせちゃって。」
「いいよ、普段じゅんにもカオルにもなんにもしてやれないからさ。」
「カオルにいつまで出張って言ったの?」
「一週間。」
「だけど今週ライブじゃん。」
「その夜だけ戻ってきてライブ。」
「無理な設定だなあ。まあいいか。」
「じゃあらんまるをたのむな。」
「ありがとう、車は明日返しに来るよ。駐車場がないから。」
「気を付けろよ。」
ぼくは後ろにらんまるを乗せて八王子へ向かった。

 らんまるを連れて帰ると、予想通りカオルはおもちゃをもらった子供みたいに喜んだ。(もちろんらんまるも喜んでいた。)車の後ろで抱き合っている。
「ねえ、またじゅんの部屋にいれるんでしょ?」
「まあそういうことだね。」
「オレ、一緒に寝てもいい?ゆかでいいから。」
「ベッドに寝ていいよ。オレは今晩外泊するから。」
「じゅん、出掛けるの?」
「ううん、まーちんの車に泊まる。レッカー移動されると困るから。」
「えーっ、それ楽しそう!ねえ、らんまると三人で外泊しようよ。」
「おまえはおかしなヤツだね。」
「ダメ?」
「いいよ、ぼっちゃまがそうしたいって言うなら。」
「やったー。らんまる、一緒に寝ようね。」
無邪気の骨頂。
「じゃあ布団を持ってこないとね。」
「うん。飯盒とか水筒も持って行きたくならない?」
「ぼっちゃまは一体どこへ行くおつもりなんですか?」
「星が見える景色のいいトコ。」
「飯盒を使うようなトコには行きませんよ。」
 ぼくらはとりあえず部屋から毛布を持ってきて車に積んだ。カオルはコンタクトレンズをはずしてきたらしく、メガネをしていた。
「カオル、どこへ行くか。」
「らんまるがいるからやっぱ富士森公園かなー。水もあるしトイレもあるし。」
「ああ、それは重要だね。あ、オレ留守電聞いてくるの忘れた。ちょっと待ってて。」
階段を駆け上って部屋に入る。留守電解除。
『用件は、一件です。』
そうだ、夢の樹の水を取り替えておかなくちゃ。
『えー、お疲れさんです、FMの荒井ですー。えーと・・・なんだっけなあ、なんとかっていう雑誌が立花くんにインタビューしたいんだって。立花くん、事務所に所属してないからさー、電話番号教えちゃっていいのかなあ。また電話してくるって言ってたけどね。えーと、なんていう雑誌だったっけ・・・このへんにメモが・・・いいや、明日にでも電話くれる?よろしくね。』
インタビュー?ぼくに訊くことなんかなんにもないぞ。今日は夢の樹のグラスを窓辺ではなく流し台の方に置いて、小皿にちくわを一切れのせておいた。

 富士森公園の近くに駐車できそうな場所があったので、そこに車を止めた。
「じゅん、結構運転うまいじゃん。」
「薬、持ってるだろうな。」
「うん。ねえ、明日も五時とかに起きるの?」
「・・・たぶんね。」
「じゃあさ、お願いがあるんだけど。」
「なに?」
「オレの目が覚めないうちに立川へ行けないかな。」
「立川?」
「店長に会ってちゃんとお礼が言いたいんだ。挨拶してないんだもん。」
「でもおまえ大丈夫なのか?」
「わからないけど・・・。」
「苦しかったらすぐ言えよ。」
「うん。じゅん、もう寝るんでしょ?オレ十分位らんまると歩いてくるよ。トイレ行きたいかもしれないし。水も飲ませてくる。」
「そう。一応後ろにトイレシートは置いておくけどね。じゃあオレ先に寝るわ。今日は疲れた。これ、カギ。」
「わかった。おやすみ。」
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by whitesnake-7 | 2007-12-01 07:07 | 26.~30.